2013年10月30日水曜日

9月~10月の剣道

ご無沙汰してました。

9月、全日本実業団剣道大会にて、我が社のチームはベスト32まで進みましたよ。
でも、俺は応援のみ(笑)。

10月13日(日)、芙蓉グループ剣道大会ってのがあるのね。
1勝1敗1引き分け。ま、なんて言うかな。勝つべき所で負けた。
反省点とかは、あとでズラズラ書きます。

10月14日(月)、情報系企業剣道大会ってのがあるのね。
俺自身は何とか3勝したけど、チーム自体は予選負け。


写真は1試合目の初打ち。右が俺。一本にはなりましたが、これ見ただけでも、
顎が上がっている。それに、もっと腰を並行移動させて打突せねばと思う。

そうそう記載せねばいけない事をズラズラ書きます。

10月上旬、県の合同稽古がありました。仕事をなかなか切り上げられず、
結局稽古途中に参加。面打ちの後、指導稽古へ。
即座に並んだ先は、剣道をやっている方なら一度は聞いたことのあるお名前の
先生の下へ並んだ。

どのような稽古になるのだろう。

自分の前に稽古されている方々との様子を見る。

ハッキリ言えば、正直に言えば、

姿勢を崩して打突されていらっしゃる場面は複数回あった。

Ku先生や、Si先生の稽古で見られる「攻め」の凄みは無く
(打突の凄みが相対的に上回った為かもしれない)
一本とったり、とられたりの内容というか、何と言うか・・・。

稽古中の攻めのご様子を見ていて、何となく「一本の取り合いの稽古」を
していいのかなと思い、

「一足一刀から若干入った距離くらいから、裏から面が行けるかな。」と
いう思い。

未知数であることは確か。

自分の番。

構え合い、一つ動作が入り、一旦、鍔迫り合い。
すぐに分かれ、構え直し、照準を合わせ・・・



当たった

先生は天井を仰がれた。うなずき、構え直し、再開。

来た

竹刀が動きあった後、

「小手にいけるか」と思ったのが先か、
結果論だったか、正確には覚えてないが

小手

当たった

また先生は天井を仰がれた、か、どうかは覚えてないが、
一本をお認めになったご様子。

そして、稽古は再開

それ以降は、(大きな反省だが)疲れて、動けなかった。
雑な攻めをした。胴に返され、面に来られ、小手も打たれたと思う。

剣道は、打った打たれたじゃない。「一本の取り合いの稽古」なんて、単なる
「運動」に過ぎない。のに、そんな気持ちで稽古をお願いしていたように思った。

少し残念だった。もっと滅多打ちされて「やっぱり何も技なんか通用しない。」と
いう思いになる自分を想像していた。それ程、その先生へは多大な期待をしていた
自分がいた。何か悔しかった。

だから、その日の稽古を「稽古」と考えてはいけないと思い、普段稽古の日は
実施しない、稽古が無い日に実施する素振りを実施した。夜、家のすぐ脇で。

モヤモヤしていた。例え先生から一本取れたとしても、それを実力と勘違い
するのは大きな痛手。自分に残念だったんだ、きっと。

回顧録。


さて、10月13日の試合に話を戻す。
その日を迎えようと慎重すぎた時間を前日(10月12日)過ごしてしまった。
結局、剣道をせず、いつの間にか夜寝てしまった。ハッと気づき起きたのは
10月13日の朝4時。

札幌でのことを思い起こし、朝からでも運動できると言い聞かせ、まず走った。
本当は10月12日に実施する考えだった。その後、そして、素振りをした。
寝ないまま試合に向かった、という経緯だ。

大切な試合が近づくにつれ、不要な慎重さが行動に表れ、結局、何もしない時間を
過ごす。剣道だけでなく、日常の小さな様々な場面で表れている気がする。
直したい自分の悪い癖だ。

さて、試合の話。結果は冒頭の通り。以下、振り返りを、これまたズラズラ書く
(今日は長いブログになる)。

反省点


1.芙蓉グループ(「攻撃は最大の防御」 by Fu範士八段の講評より)
 

・全般的に、下がった。

1試合目

 とりあえず、慎重に行った。別に悪くなかったと思う。
但し、下がったし、試合後監督さんに流れを作るという意味で
元気がなかったと言われ、動揺したと思う。

2試合目

 攻めあぐねた。つばぜり合いでなかなか相手が間を開けず、
若干、イライラした。つまり、心を動かされたということだ。
結局、引き分け。

3試合目

 立って、いきなり飛び込んだと思う。どうも、意気込むと、
そんな癖がある。注意していたはずの引き面でとられた。何故だろう。
相手はそれを狙ってたけど、そこまで執拗に狙うとは思ってなかった。
1~2試合目で見抜かれていたということか。結局、攻めが単調だった
のだろうが、同じく攻めあぐねて、時間切れ。情けないと思った。

2試合目も、3試合目も、決して敵わない相手だとは思わなかった。
でも、3試合目は負けた。自分より背が高い人には分が悪いのは、
変わってないということだ。くどいが、敵わない相手だとは思わなかった。
彼らの試合の動きを見て。でも、勝てなかった。高校までの俺なら、
勝てる相手には勝ってた。でも、社会人なってから、勝てそうな相手に
負けることが本当に多くある。

それにしても、3試合目、なぜ負けたか。

・攻めが単調。
・そもそも、じっくり攻めが出来てなかった。
・相手は狙ってた。そして、一本先取後、無理しなかった。
・なんで俺は勝てなかった。



2.情報系企業剣道大会(「剣道に待ちや受けは無い。出発点は捨て身、
到達点は相打ち」by I教士八段の講評より)
 
 

・芙蓉、情報系では後輩から一本勝負の練習の際、あっさりすぐに取られた。
俺は下がったからと思った。だから、下がらない剣道を意識した。

1試合目

 一応、理想通り。強いて言うなら、結局、下がった部分あり。

2試合目

 小手が何度も危なかった時があった。相手が悔やんでいる顔が見えて、
いちいち感情を出す、表情を変えるのを見て、なんだか、かっこよくなかった。
反面教師として、一本にならなかったら、落胆せず、じゃあもう一本!と
奮起する自分でありたい。

3試合目

 最初、下がったね。ダメだ。2本目、あっさりとられた。情けない。
かっこ悪い。3本目。まあ、いいけど。勝てると感じた相手、なのに、
最初から2本目まで捨てきれなかったね。

全般的に、試合になると、「ポコン」が怖い。それはそれで稽古不足という
意味だろうが、多分、それで「現実」(の一側面。別名、自分の「弱み」?)が
見えるのが怖いのか。きっと、下がらず、堂々と真っ直ぐ行ってれば勝てるはず
だったかもしれない、のに。



3.改めて振り返り

さて、芙蓉の負けた3試合目。

なぜ、負けた?結局、攻めが無く、ということかなと思う。我慢して攻めなかった。
攻めたとしても単調だった。ということか。そんな剣道自体が隙だらけで、そこを
逃さない相手が上だったということか。技のスピードじゃない。振りかぶり、
刺し面の違いが問題じゃない。

情報系試合後、チームメイト同期Ta君より、先(せん)をとる重要性を教わった。
確かに振り返ると、俺が下がるのは先をとられていたということなんだろう。

I教士八段からは、剣道に待ちや受けは無い。出発点は捨て身、到達点は相打ちとの
お言葉があった。そういう意味では、情報系3試合目、最初攻められ打たれ、でも避け
一本にならなかったが、そんなの剣道じゃないってことだと思った。

自分の試合をビデオで見た後

相手を追いかけた際、間合いを一気につめてからの一打が無い。なんていうか、
くっついていくだけ。中途半端な間合いで、小手を触る感じ。

課題1:一気に追い込んでからどうする。

それから、自分より大きな相手に、結局、面に竹刀が届いてない。むしろ、
上から動きを読まれてて、体をさばかれる。

課題2:自分より背が高い人への攻めに工夫が必要。

少なくとも、Ku先生や、Si先生は、俺より背が低い。のに、勝てる気がしないのは
何故だ、という点を観察、研究する。きっと、そこにこそ、攻めがあるんだと思うが。

課題3:結局、面の姿勢が、一本にしたとしても、崩れていて、かっこ悪い。
正しい打ちをしないと。

負けた試合を見るのは、気分が良くない。しかしだ、だからこそ、負けた試合を
貴重な資料ととらえ、研究し、稽古し、その分、強くなって、勝てる、勝つ試合を
増やさねば。もったいない。

課題4:気合を入れる際、顎が上がる。

課題5:だいぶ構えはよくなったが、もう少し、足、特に左足。まだ開き過ぎ。

課題6:面を打った後の万歳抑える。

上記の試合後、数日して、ろっ骨が痛み始めた。またいつものように痛めてしまった。
今回、思い当たる場面は無かったんだけどな。

クシャミや咳の時の、痛いのなんのって。寝て、起き上がる時、体勢を変えるだけで痛くて
しょうがなかった。けど、一応、素振りは続けた。正面打ちでは、ろっ骨が痛みすぎるので、
痛みをあまり感じない上下素振りで続けた。

どうして、いつも痛むんだろう・・・。

けなも