2026年2月15日日曜日

2026年2月14日(土) 今日の稽古で残ったモヤモヤ感

2/14(土)


Ku教士七段へ。いつも通り打ち込み。
今日も言われたのは、「俺も真っすぐだからやりにくい。」とのこと。
相面はゆずれない。真っすぐは当然で、打つ瞬間、Ku先生は竹刀を(振りかぶらず)擦り込んで来ることで、
相手の面が中心から外れる竹刀の扱い方をされる。
飽くまで「健全な気持ちで」という点を強調した上で、振りかぶらないその擦りこみに負けたくないと強く思う。
熟練の技に対しては敬意を忘れてはいけない。その上で、しかし剣道の基本は飽くまで振りかぶって面が本筋だと思う。
だから、基本で負けてはいけないという強い気持ちを持っている。
いずれにせよ、俺の面を真っすぐと評価して下さることは私の気持ちをささえて下さる。




Ma教士七段と稽古。
毎度思う。Ma先生は80前後のはずだが、気合はすごい。全く気を抜けられない。
だから一本一本全力で気合を入れて面を打つようにしている。それが私にとっては大きな負荷となり、最適な負荷とも感じる。
要は、引き出して頂いているという感覚。
負けていられない。全身で気合を入れて真っすぐ面に行く。Ma先生にこそ、小手や胴で一本を取りに行きたいと微塵も思わない。
飽くまで真っすぐの面。当然簡単に当たるはずはない。だからこそ「機会」を考える。「間合い」を考える。
やや遠間でも、Ma先生が動こうとされた瞬間に打ちに行こうと実際に打ちに行ってみるとか、
Ma先生が動き出すかもしれないけど、敢えてもう少し間を詰めて打ちに行ってみるとか。



T教士七段と稽古。
ここ最近は色々とご指導頂き、私なりにご指導を踏まえて真っすぐ面に行っているはずだったが。
いつも通り相面を何本か。当然打たれるが、しかし、なぜか本日は何本か私が後打ちでも面をとらえる。
私としては、わざと打たせて頂いていると感じながら何本か面を打ちに行っていたが。
そんな中、T先生が構えを解かれ、こうおっしゃった。
「なぜ、私が打ちに行っても当たらないのだろうと不思議だったが、面打ちが曲がってます。身体も横に避けている状態。
そりゃ、当たらない。間合いも近い。打ちもキレが無い。」
正直ショックだった。冒頭記載の通り、Ku先生からは真っすぐだと言われていたし、他の先生方からもよく真っすぐで良いと言われていたが、
T先生からすると真っすぐ打ててないと。

確かに、キレが無いのは何故だろうと、それは前から思っていた。しかし、真っすぐではないという点はどういうことだろうと
不思議でならなかった。真っすぐ打つことに拘ってきた俺だから、キレが無いことは理解しつつも、真っすぐでないという評価がショックだった。
だから、これからの素振りにおいても、あくまで真っすぐを目指すべく今一度見直さないといけないと心から思う。
心から思うが、

しかし、この場は本音も記載するブログなので、今後の稽古の検証の為に敢えてメモに残すが、
T先生は独特の打ち前がある。簡単に言うと、打つ前に右足と同じ程の前まで左足を出してそこから打ちに行く。
要は、相手との一足一刀、もしくは打ち間に入ったら右足はそのままで左足を右足と同じ場所までサッとそろえるというもの。


それも一つの打ち方だと思うから、もしかしたらそれは長年の稽古の結果編み出した足さばきなのかもしれない。
問題はそこからの話だが、打った後は真正面に相手にぶつかる事はある時はあるが、そうでない時も多々ある。


T先生からするとやや斜め右前に抜ける感じ、
相対する打ち手側から見るとやや左側に抜けていく感じであり、体当たりすることは無い。
これは何を意味するか。
例えば、冒頭のKu先生との相面ではKu先生と打った後はほぼ毎回真正面から体当たりする形となる。
しかし、T先生と真正面からぶつかることは限られている(ぶつかってもだいたい私側でいうと左でぶつかる感じ)。
一つの仮説だが、もしかしたら、私が打ちに行く瞬間、T先生の面めがけて竹刀を振り下ろそうとすると、私側から見るとやや内側(左側)に竹刀を振り下ろし
面に竹刀が届くように瞬間的に動いているのではないかと考察している。

その結果、T先生から見たら真っすぐ打ちに行ってないように見えるのではないかと推察する。飽くまで一仮説だが。



ただ、その推察は、ややもすると「T先生自体が真っすぐではない」ことを意味する為、先生に対してネガティブな見解を持つことは正直健全で無いと思ったりする。
素直に、真っすぐでないと言われたら、素直に飽くまで真っすぐを目指すべきだとも思う。
だから、次回稽古をお願いする時は、空振りで良いから俺は飽くまで真っすぐ面に向かうべきだと思う。
当てに行くのではなく、真っすぐ相手が向かってきたらきっとそこに面があったはずの所を打ちに行くということを心掛けるべきではないかと思う。


一見すると、それは馬鹿正直なのかなとも思ったりする。それをやや裏付けるように、この後、O教士七段と稽古したが、稽古後T先生から真っすぐでないと言われた旨をO先生に伝えたら、
以前、今は範士八段のM先生(知らない人はいないだろうかの有名な先生)から、「最後は当たればいいんだ。極論曲がっていたっていいんだ。」と言われたとのこと。
まぁ、確かにそれは分からないでもない。
大阪でKo範士八段と稽古した際、構えた際のKo先生の左手が明確に、上からでなく、横?下?から握っている初めて拝見したその握り方が非常に違和感があった。
そのことを、会社剣道部の先輩I教士七段に話したら、「それはよく話題に挙がる話しだが、打突した際の手の内は剣道教本で説明されているが、その前段階の手の内は定義されていない。」
とのことで、

だから、それは問題ないという見解だった。そうなんだと思った。要は、誤解を恐れずに言うと、打った瞬間、一本の要件を備えていれば、
その瞬間に至るまでの間に、真っすぐであろうが曲がっていようがそれは問題ではないという事になる。

それは分からないでもないが、でもそうは言いながら、しかし「基本」は重視され、その「基本」では打つ前の段階でも真っすぐ、キレイな姿勢が求められていると俺は感じている。
建前?本音?
よく分からない…。
いずれにせよ、俺は、相手が曲がっていようと、飽くまで真っすぐの面を打てる、打つ人でありたい。



話は長くなったが、T先生から言われた、真っすぐでない、間合いが近い、キレが無いという連続したご指摘が
特に真っすぐでないという点がショックでモヤモヤしていた。稽古後も。でも、帰宅後テレビで有吉が尾道で過ごした番組を見ていたら、少し忘れていた。
忘れて良いのかという思いもあり、思ったことはブログに記載した。

実はT先生は、何本か相面を打たれたことが少しショックで、感情的になって私にネガティブポイントを連続して言われたりしたのだろうかとも正直思ったことも、
正直に書く。そう思うこと自体も私の人間性としてのレベル(低い)ことを意味するかもしれず、しかし、事実なので、そう考えたこともメモに残しておきたい。


最後、O教士七段戸の稽古。2/7(土)小技も出すようご指導頂いたので、立ちあがって間もなくフェイントをかけるべく手元を上げた所を小手に行かせて頂いた。
後はいつもの面打ちを続けた。



稽古が終わり防具(剣道具)を片付け始めた所、Ka教士七段が寄って来られ、私の稽古姿を見た時に、打ち間に入る際、大きく一歩踏み出しすぎであり、

触刃、交刃、一足一刀(+打ち間)の後、打ちに行くまで全て徐々に間合いを詰めて、相手から見たら打つ気なさそうに見せ続けて、
最後に一気に面を打ちに行くべきと言われた。大きく踏み出すことで、右足と左足の間が広がるし、相手に打ち気を見せてしまうとのこと。
まぁ、たしかに、打ち間だから大きく入るというのはちょっと違う気がする。
だから、右足と左足の間隔は飽くまで一緒であり続けられるようにしたい。いつでも打てるように。

To先生のように右足と左足をそろえることは、少なくとも今の私の剣道スタイルではないのでそれはしないにしても、

右足と左足の間を広げすぎず、飽くまで基本通り、右足のかかと辺りに左足が常にあるようにしたい。

今日はモヤモヤした稽古だったが、これもまた稽古。
面は飽くまで真っすぐに打つ。攻めの過程で左足の引きつけを意識して稽古する。

課題が明確になる事はありがたいこと。

感謝の気持ちを忘れず。


今、ミラノ冬季オリンピック期間中ですね。日本選手の活躍は素晴らしいですね👏👏👏

モヤモヤを文字に残せて良かった。
さて、気持ちを整えて、2/15(日)TOEICに臨むぞ!

もう寝ないと…(´;ω;`)



けなも

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