4/19(日)
直近3年間のブランクは大なり小なり理想の剣道から遠ざかっていると感じる点は多々ある。
今ちょっと前のブログを読み返していたけど、
笑えるけど、
何と言うか、七段審査は、思い切ってやってこればいいじゃん、と思った。
見て頂くのは、剣道の技や体ではなくて、
特にこの3年間剣道ができず、仕事でパワハラや、長時間残業(2月だけでも170時間以上)でもやり遂げたこととか、
「左遷」されて単身赴任しても、「変なこと」せず、ただ実直に仕事と、些細だけど素振りだけは続けた(1mmも「遊び」は無かった。良いか悪いかは様々議論あるだろう)。
その結果培ったであろう、「精神力」は、
断言できる、
本当に断言できる
誰にも負けない。
誰にも負けない。
剣道で培ったでしょう、周りの方々の鍛えられた精神力もあるでしょう。
でも、ごめん、
俺は修羅場を体験してきた。
「剣道」という「平和」が前提で成立する稽古で培う精神力、という次元をはるかに超えている。
きっと普通のヒトなら間違いなくメンタルやられるか(まぁ実際やられてたのかも笑)、
仕事を辞めるか、もしかしたら自らの命を…(自主削除)
というくらい追い込まれる日々は、入社以来、波があったけど続いた、この3年間も確実に重たくて、それは確実に続いたが、
今、こうして「普通」に生活している。
心技体
残念ながら、特にこの3年間で「技体」は間違いなく衰退したが、
「心」は間違いなく、鍛えられたし、鍛えたし、
これだけは、誰にも負けない。
大口をたたくが、八段の先生にも九段の先生にも、勝つことはないかもしれないが、絶対に負けない。絶対。絶対。
それだけは言える。
間違いない。
剣道を2008年から再開してから、まともに面を付けての稽古は世の中の同じ時間を過ごした剣道家の中では
間違いなく最下位だと断言できるし、「技体」では絶対に、絶対に勝てないが、
「心」は誰にも負けない
「心」は絶対に負けない
それくらいの修羅場を経験したと自覚している。普通のヒトは正常に生きて来れない。
俺はそれを生きて今いる。
これだけは、誰にも経験できないし、俺だから経験したこと。
「心」は絶対に誰にも負けない。誰にも。
人間性は、内村良一さんが一番だと推測するが(笑)。
あと、俺の大ファンの緒方有希さん。中学生の頃見た全中の『剣道日本』の顔写真が印象に残った(笑)。
さて、
「技」と「体」は、これからどうやって鍛えよう。
上記で言い過ぎた点はあると思う。大口叩いたと思う。本当にごめんなさい。
でも、「心」は間違いなく誰にも負けないくらい鍛えた。これは事実というか、真実だと思う。
変な自信過剰とかではなく、真実だから、ただそれを受け入れるしかない。
そして、その異常すぎる会社生活に耐えられたのもまた、剣道があったおかげであることも真実だと思う。
だから、俺は剣道に助けられた。これは間違いない。
勝ち負けを越えて、その「心」で他者を支えられるヒトでありたい。
延いては、平和な社会の為に還元したい。
特に、子どもたちが、より一層平和な社内で暮らせるように貢献したい。
たまたま仕事で
国民の皆様の暮らしに貢献できる領域で働いているので、
よりよい社会の為に貢献したい。
子どもたちがいつまでも笑顔でいられるように頑張りたい。
剣道も頑張る。
笑えるでしょ。
笑えるけど。過去のブログ読んでいて、ちょっとした気持ちのメモ。
七段審査は、俺の「心」を見て頂けるように。全部出し切ってこようと思う。
けなも
Welcome to Another KENDO World~私の剣道日誌~
2026年4月19日日曜日
2026年4月18日 カタイと言われちょっとショック
4/18(土)
街の道場にて。
O教士七段に稽古をお願いする。
いつも通り、打たれたり、打ったり。
以前、手が先に前に出ていると言われたので、足から打ちに行く事を意識しながら。
その後、Na教士七段へ。
稽古後、「カタイ」と言われた。面を打った直後、強く竹刀を握り続けているようなことへのご指摘。
そもそも、以前Na先生に稽古をお願いした時と比べると動きが悪いとは思っていた。
その理由は、Na先生が構え合うと一足一刀から始められるので、こちらとしてももう打ちに行かねばいけないと
「攻め」の過程を経られないことにより、「仕方がない今日はこの間からすぐに打たねばいけない」と決めて打ちに行くことと
関係があると推測した。ただ、打突後の腕の力みのことを指摘されると、ちょっとそれは理由にならないのだと思うが。
稽古後、O先生からも「カタイ」とお話を頂いた。構えの際、右手は上から握るからそうなるのでは、俺はふわっと横から握っている
と構え時点のお話をされた。
2人の先生に「カタイ」と言われたらそりゃショックだよね。
いずれにせよだ、たしかに、Na先生の動きといい、O先生の動きといい、眼では詳細の動きはとらえている。
面にくる、小手にくるだろう、胴だなとか、動きは8割以上は見えている。
ところが、身体がそれに合わせて動けない。打たれると分かっていて、だからと言って何もできないというか。
相手が狙っている部位が分かるのに、身体がそれに反応できない。
今月末、というか、あと2週間で初の七段審査という本番を迎えるのに、今更、焦り始めている。
焦った。
危機感を抱いた。
何が悪いのか。
Geminiと対話した。
結論、ここ1ヶ月で取り入れた八角の素振りが加速させている可能性があるとのこと。
思い当たるところはある。
良かれと思って八角を使ってきたが、
今思うのは、例えば警視庁の先生方など普段からみっちり稽古をしていらっしゃる先生方なら八角の稽古を取り入れる意味はあるのかもしれない。
しかし、月に3~4回程度の面を付けての稽古、しかも、1回の稽古当たり大体お一人の先生あたり3~4分程度の地稽古を平均3回程度しかやらない(やれない、と敢えて言うが)
俺にはオーバースペックなのかもしれないと思いなおした。
普段は、面を付けての稽古を実施した日は素振りはしないと決めているが、
4/18(土)だけは、その「カタさ」の解消に何が必要なのか見つめ直したくていつも通り素振りを実施した。
いや、八角を除いて、また、50本一息の切り返しの部分も素振り用の木刀にせず、普段使っている竹刀で実施した。
つまり、こうだ。
①素振り用木刀(900g強)で、前10本、後11本を2回とした切り返しを2セット、前8本、後9本を2回とした切り返しを2セット、前6本、後9本を2回とした切り返しを2セット。
②普段使用している竹刀で、左右面51本を一息の切り返しを1セット。
③普段使用している竹刀で、前4本、後5本を2回とした切り返しを6セット。その後、30本は面返し胴を形のようなやり方で実施。
但し、③は、普段使用している敷地はマンション住民も利用する場所なので、当然、マンション住民の方がご利用される場合は、
場所を変えて、玄関前の狭い場所で蹲踞しながら、切り返しの要領で③自体を合計150本となるように素振りをする。
たしかに、普段の竹刀で素振り(切り返し)を実施すると、打突した形の際の右手の力の入れ具合を意識する瞬間が増える。
素振り用木刀は重いので、その分、余計な力を入れて木刀を打突部位の高さで止めるということになるのだと思う。
普段から、稽古量が少ない者が気をつけないといけない点かもしれない。
4/18はそのほか、Shoさんと形の練習をした。Shoさんには感謝だ。
そう、形もやはり普段から稽古しないと、本当にダメダメ。六段取得後に形も稽古するべきと考えていたが実施してないのは私の怠慢。
あと2週間、一気に最低限カタチは身体に覚えこませないといけない。ダメだね、ほんと…。
けなも
街の道場にて。
O教士七段に稽古をお願いする。
いつも通り、打たれたり、打ったり。
以前、手が先に前に出ていると言われたので、足から打ちに行く事を意識しながら。
その後、Na教士七段へ。
稽古後、「カタイ」と言われた。面を打った直後、強く竹刀を握り続けているようなことへのご指摘。
そもそも、以前Na先生に稽古をお願いした時と比べると動きが悪いとは思っていた。
その理由は、Na先生が構え合うと一足一刀から始められるので、こちらとしてももう打ちに行かねばいけないと
「攻め」の過程を経られないことにより、「仕方がない今日はこの間からすぐに打たねばいけない」と決めて打ちに行くことと
関係があると推測した。ただ、打突後の腕の力みのことを指摘されると、ちょっとそれは理由にならないのだと思うが。
稽古後、O先生からも「カタイ」とお話を頂いた。構えの際、右手は上から握るからそうなるのでは、俺はふわっと横から握っている
と構え時点のお話をされた。
2人の先生に「カタイ」と言われたらそりゃショックだよね。
いずれにせよだ、たしかに、Na先生の動きといい、O先生の動きといい、眼では詳細の動きはとらえている。
面にくる、小手にくるだろう、胴だなとか、動きは8割以上は見えている。
ところが、身体がそれに合わせて動けない。打たれると分かっていて、だからと言って何もできないというか。
相手が狙っている部位が分かるのに、身体がそれに反応できない。
今月末、というか、あと2週間で初の七段審査という本番を迎えるのに、今更、焦り始めている。
焦った。
危機感を抱いた。
何が悪いのか。
Geminiと対話した。
結論、ここ1ヶ月で取り入れた八角の素振りが加速させている可能性があるとのこと。
思い当たるところはある。
良かれと思って八角を使ってきたが、
今思うのは、例えば警視庁の先生方など普段からみっちり稽古をしていらっしゃる先生方なら八角の稽古を取り入れる意味はあるのかもしれない。
しかし、月に3~4回程度の面を付けての稽古、しかも、1回の稽古当たり大体お一人の先生あたり3~4分程度の地稽古を平均3回程度しかやらない(やれない、と敢えて言うが)
俺にはオーバースペックなのかもしれないと思いなおした。
普段は、面を付けての稽古を実施した日は素振りはしないと決めているが、
4/18(土)だけは、その「カタさ」の解消に何が必要なのか見つめ直したくていつも通り素振りを実施した。
いや、八角を除いて、また、50本一息の切り返しの部分も素振り用の木刀にせず、普段使っている竹刀で実施した。
つまり、こうだ。
①素振り用木刀(900g強)で、前10本、後11本を2回とした切り返しを2セット、前8本、後9本を2回とした切り返しを2セット、前6本、後9本を2回とした切り返しを2セット。
②普段使用している竹刀で、左右面51本を一息の切り返しを1セット。
③普段使用している竹刀で、前4本、後5本を2回とした切り返しを6セット。その後、30本は面返し胴を形のようなやり方で実施。
但し、③は、普段使用している敷地はマンション住民も利用する場所なので、当然、マンション住民の方がご利用される場合は、
場所を変えて、玄関前の狭い場所で蹲踞しながら、切り返しの要領で③自体を合計150本となるように素振りをする。
たしかに、普段の竹刀で素振り(切り返し)を実施すると、打突した形の際の右手の力の入れ具合を意識する瞬間が増える。
素振り用木刀は重いので、その分、余計な力を入れて木刀を打突部位の高さで止めるということになるのだと思う。
普段から、稽古量が少ない者が気をつけないといけない点かもしれない。
4/18はそのほか、Shoさんと形の練習をした。Shoさんには感謝だ。
そう、形もやはり普段から稽古しないと、本当にダメダメ。六段取得後に形も稽古するべきと考えていたが実施してないのは私の怠慢。
あと2週間、一気に最低限カタチは身体に覚えこませないといけない。ダメだね、ほんと…。
けなも
2026年4月11日土曜日
2026年4月11日(土) 徹夜作業明けの素振り
読者がいらっしゃるかは分かりませんが、一応申し上げますと、
面を付けての稽古をした日以外は、基本的には毎日素振りしてます。剣道を再開した2008年から。
厳密には、徹夜作業等あった時など、どうしてもできない時も多々ありました。
その記録もこまめに出来ていないですが、超ざっくりは本ブログに書いている通りです。
ということで
4/10(金)
4/8(水)に、急遽週末作業の立ち合いをすることになり、朝4時まで実施予定と聞いて、
最近、さすがに徹夜は身体にこたえると思いながら、俺がやるしかないと思って、
やりました。まぁ、徹夜はそれほど珍しくない。若い時はほんとよくやった。でも、自慢する話でないし、
「クソくらえ」と思う。そういう仕事に関して思うところは多々ある。
脱線したが、4/10(金)はそういうことで徹夜作業。当初は夕方一度帰宅して素振りしたかったが、
そういう時に限って、急ぎの対応が必要な状況も発生する。
はいはい、そうそう、こうなるよね、思い通りなんかいかないよね、と思いながら、
その日の素振りをどうしようかずっと考えていた。
帰宅する予定の4/11(土)午前6時以降で4/10(金)分の素振りをするか、とか。
ところが、想定外に深夜作業が順調に進んでしまい、
結論、午前2時前後には帰宅した。
よって、素振りした。
素振りや風呂など色々やって午前5時頃就寝。
YouTubeで剣道の動画を見てしまったのもその時間医なった理由の一つ。
で、
でも4/11(土)午前中は道場に向かった。但し、腎臓病は身体にイレギュラーな負担をかけると再発する事は2005年に分かっているから、
ギリギリまで寝て、道場が空いている時間で形の稽古と、4/11(金)分としての素振りを実施した。
脱線するが、2001年ネフローゼ症候群を患い、完解まで行っただろうくらいの2005年、当時大学院を卒業して、
4月から就職するという直前の3月下旬、軽く数キロメートルジョギングした直後、再発した。
それがトラウマで、十分な休息が無い中での激しい運動はしていけないと悟った。
話は戻るが、4/11(土)は面をつけず、形稽古と素振りを実施。
素振りは、
前10本、後11本の切り返し形式で2セット だから、 正面打ち1本、前に10本、後11本、正面打ち1本、前に10本、後11本、最後1本(45本)を2回(合計90本)、
正面打ち1本、前に8本、後9本、正面打ち1本、前に8本、後9本、最後1本(37本)を2回(合計74本)
正面打ち1本、前に6本、後7本、正面打ち1本、前に6本、後7本、最後1本(29本)を2回(58本) 総合計として、222本か(今、アルコール入っているので間違っていたらごめんなさい)素振りしている形がベース。
そこに、3月E範士八段から、激しく大きく一息での素振り、結果、50本を一息、最初と最後の各々1本ずつの面打ちを含めると
合計52本の素振りをメニューに加えている。
以上が、1kg弱の素振り用木刀で実施。呼吸も意識して。最初の面打ちだけ吐き切って、それ以外は左右面+正面打ちは一息で。
で、上記に加えて、面に頼ってばかりではよろしくないという3月Shi教士八段の話を受けて、
2kgくらいの八角で、「普通」(前4本後5本)の切り返しの要領で6セット実施。
30本を面返し胴の形みたいなゆっくりの動きを実施。
上記すべてで400本程度を意識してこの1ヶ月は素振りしている。
4/11(土)は道場で面を付けての稽古をしてないので、
道場と、しかし道場も時間制限あるので、残りは自宅の駐車場で4/11(土)分を実施した。
ちなみに、道場で素振りしている時、Shoさんから、足から素振りをすることを推奨された。
実は、まさにそうやっているのだが、Shoさんにはそう見えなかったということで、
実際できてないかどうかは別にして、今一度、カタチを見直して素振りを実施したい。
けなも
面を付けての稽古をした日以外は、基本的には毎日素振りしてます。剣道を再開した2008年から。
厳密には、徹夜作業等あった時など、どうしてもできない時も多々ありました。
その記録もこまめに出来ていないですが、超ざっくりは本ブログに書いている通りです。
ということで
4/10(金)
4/8(水)に、急遽週末作業の立ち合いをすることになり、朝4時まで実施予定と聞いて、
最近、さすがに徹夜は身体にこたえると思いながら、俺がやるしかないと思って、
やりました。まぁ、徹夜はそれほど珍しくない。若い時はほんとよくやった。でも、自慢する話でないし、
「クソくらえ」と思う。そういう仕事に関して思うところは多々ある。
脱線したが、4/10(金)はそういうことで徹夜作業。当初は夕方一度帰宅して素振りしたかったが、
そういう時に限って、急ぎの対応が必要な状況も発生する。
はいはい、そうそう、こうなるよね、思い通りなんかいかないよね、と思いながら、
その日の素振りをどうしようかずっと考えていた。
帰宅する予定の4/11(土)午前6時以降で4/10(金)分の素振りをするか、とか。
ところが、想定外に深夜作業が順調に進んでしまい、
結論、午前2時前後には帰宅した。
よって、素振りした。
素振りや風呂など色々やって午前5時頃就寝。
YouTubeで剣道の動画を見てしまったのもその時間医なった理由の一つ。
で、
でも4/11(土)午前中は道場に向かった。但し、腎臓病は身体にイレギュラーな負担をかけると再発する事は2005年に分かっているから、
ギリギリまで寝て、道場が空いている時間で形の稽古と、4/11(金)分としての素振りを実施した。
脱線するが、2001年ネフローゼ症候群を患い、完解まで行っただろうくらいの2005年、当時大学院を卒業して、
4月から就職するという直前の3月下旬、軽く数キロメートルジョギングした直後、再発した。
それがトラウマで、十分な休息が無い中での激しい運動はしていけないと悟った。
話は戻るが、4/11(土)は面をつけず、形稽古と素振りを実施。
素振りは、
前10本、後11本の切り返し形式で2セット だから、 正面打ち1本、前に10本、後11本、正面打ち1本、前に10本、後11本、最後1本(45本)を2回(合計90本)、
正面打ち1本、前に8本、後9本、正面打ち1本、前に8本、後9本、最後1本(37本)を2回(合計74本)
正面打ち1本、前に6本、後7本、正面打ち1本、前に6本、後7本、最後1本(29本)を2回(58本) 総合計として、222本か(今、アルコール入っているので間違っていたらごめんなさい)素振りしている形がベース。
そこに、3月E範士八段から、激しく大きく一息での素振り、結果、50本を一息、最初と最後の各々1本ずつの面打ちを含めると
合計52本の素振りをメニューに加えている。
以上が、1kg弱の素振り用木刀で実施。呼吸も意識して。最初の面打ちだけ吐き切って、それ以外は左右面+正面打ちは一息で。
で、上記に加えて、面に頼ってばかりではよろしくないという3月Shi教士八段の話を受けて、
2kgくらいの八角で、「普通」(前4本後5本)の切り返しの要領で6セット実施。
30本を面返し胴の形みたいなゆっくりの動きを実施。
上記すべてで400本程度を意識してこの1ヶ月は素振りしている。
4/11(土)は道場で面を付けての稽古をしてないので、
道場と、しかし道場も時間制限あるので、残りは自宅の駐車場で4/11(土)分を実施した。
ちなみに、道場で素振りしている時、Shoさんから、足から素振りをすることを推奨された。
実は、まさにそうやっているのだが、Shoさんにはそう見えなかったということで、
実際できてないかどうかは別にして、今一度、カタチを見直して素振りを実施したい。
けなも
2026年4月5日日曜日
2026年4月4日(土) 一歩攻め入る「工夫」というか「変化」というか
4/4(土)
4/4、午前5時頃就寝。前日(4/3金)夜に職場の先輩に20時過ぎに飲みに誘われ、
ちょっと断るわけにはいかないと思って、結局、23時過ぎまで(まだ健全)。
その後、飲み会と言っても結局腹を満たすことはできないので、
降りた駅のそばにある松屋でカレーを食べる。23時40分くらいのことだったか。
そんな夜遅くに食事することは滅多に無い。あるとすると飲み会の後。
文字通り「飲み」が中心となり腹を満たすことは無いから。
で、回転率高い松屋は満席になることは無く、深夜に食事する方が代わる代わる食べてはご帰宅?される。
混んでない事もあって、食後直ぐに動きたくない事もあり、
ここ2ヶ月程毎日続けている『瞬間英作文』の本でその時は5分程学習して、
同じくルーティンの「グロービス学び放題」の「落とし穴シリーズ」から一つを2倍速で見て(数分)、
その後、YouTubeを見ていたはずが、いつの間にか寝ていた…(´;ω;`)
気づいたら4/4、午前1時30分を回っていた。既に店内の客は俺一人、スタッフが夜に運ばれてくる食材の整理をしていた。
いつの間にか、しかも、1時間30分程寝てしまっていたことに、何だか残念な気持ちと、お店に悪い気がして、
とりあえずお店を出た。歩いて帰宅。
午前2時前後?帰宅後、ルーティンの素振りを実施した。面をつけての稽古日以外は毎日素振りをやると決めていたから。
ちなみに、ここ最近の素振りはそれまでの「切り返しの要領で合計200本」をやることに加えて、
先日の講習会でE範士八段から頂いたアドバイスを踏まえ、一息で大きく激しく切り返し(結果的に一息で50本)を実施している。
もちろん、1kg弱の素振り用木刀で。
その後、その講習会でShi教士八段から「面に頼りすぎ」とのご指摘を頂いたことを踏まえ、
面返し胴ができるようになるために、「体さばき」を意識して大きく、形(かた)のような要領で、八角(2kg強)を使って面返し胴の動きを30本実施している。
その他、八角で前4本、後5本の「よくある」切り返しを6セット(およそ本数で言うと120本分)を実施している。
合計400本強。
ここ最近、背中が鍛えられている気がする。いつもの素振り用木刀(1kg弱)が非常に軽く感じる。もちろん、大切なのか軽く感じることではなく、
腰、足で打つ形での素振りにならないと意味が無いのだが。
脱線しまくったが、それを実施して、風呂入って寝た時間は午前5時くらい。
先週の寝過ごしにより、形稽古相手のShoさんに後ろめたさがあり、せめて午前8時台には起きて道場に向かいたかった。
が、まぁ、無理だよな。
起床午前9時30分過ぎ。何だかんだやって、
午前10時過ぎに自宅を出発。外は雨が比較的強く降っていて行く手を阻もうとしているのだろうかと思ってしまったが、
とにかく前に進まないと。
いつもの区が経営する安いが、しかし道場から徒歩8分ほどの駐車場にするか、道場のすぐそばにあるけど15分100円の駐車場にするか迷ったが、
Shoさんを待たせているのではと思って、後者にした。
が、その日はShoさんはいなかった。
一方で午後家族の送迎があるから、趙短時間で実施。
なお、この日はいつも利用している道着ではなく、新しく買ったジャージ剣道着・ヴィクシアトラッドと、
10年以上前まで使っていた禅の袴。サイズがやや大きい(26.5)事や重みを感じて新たな袴を使い始めたという経緯だった。
ただ、それまでの剣道着と袴が、七段審査を受けるにはやや綻びが出てきていることや、色味もあせ始めていたことから、
初めて、クリーニング&綻びなおし、染め直しに出してみた。
その間のつかの間のヴィクシアトラッドの剣道着と、禅の袴で。
Ku教士七段と。
やはり一番初めの運動となると身体が自由に動かない。Ku先生にはいつも面の打ち込みになるのでそれはそれで
身体をほぐす意味では良いかもしれないが、同時に、変な動作をすることによる怪我が気になったこともあり、
何と言うか燃焼しきれない動作での稽古となった。
Ma教士七段と。
いつも通り、真っすぐ攻め合い面打ちが続く。
Ma先生が出る所を察知して面に行くが、何と言うか、当然といえば当然だが、お互いの竹刀が切り結ぶ形で
どちらも面の脇に竹刀が流れる形となり有効打にはならない。
これはどうすれば良いのだろうと打ち合いが続く中思った。どちらも真っすぐに面を打つ。
私はMa先生が出てくる端を狙うが、だからと言って当たるという単純な話ではなく、
何かを変えないと、半永久的に竹刀が切り結ぶ形でお互いの竹刀が面垂に流れる感じ。
ところで、最近気合を入れる際の発生で喉に負担がかかっていることは分かっていた。
そこで、腹を意識して、
また、Ma先生が打ってくる所を狙っていたが、そうではなく、試しに交刃の間合いから、それまでの数cm単位前に出る動きではなく、
10cm単位でやや大きく自分から出てみたら、
それまでのリズムと違ったことが影響してか、Ma先生が突然動き出した、
分かりやすく言うと、その私のやや大きめの動きがトリガーとなって、動く予定で無かったけど、打ちに出ようとされた、
そこに面を打ちに行ったら当たった、という経緯。
距離・間合い、相手との間隔は、その際的な間(あいだ)がどれ程か、mm、cm単位で説明するのは、なかなか言語化が難しいが、
そうか、「一歩」俺から右足を出して、相手を動かすとはこういうことかもしれないと思わされた。
相面で同じペースが続いていたらきっと一本にならないであろう事象が続いた所への「工夫」というか、「変化」をつけてみたら、
口で言うのは簡単だが、やってみて、この動きをこれからも研究してみようと思った。
その日はそれで面を付けての稽古は終わり。
家族の送迎へ。
稽古としての負荷は少なすぎたと認識しているので、
帰宅後、既述した通りの計400本素振りを実施した。
1kg弱で50本切り返しを、一息でやる事は本当にツライ…。
けなも
4/4、午前5時頃就寝。前日(4/3金)夜に職場の先輩に20時過ぎに飲みに誘われ、
ちょっと断るわけにはいかないと思って、結局、23時過ぎまで(まだ健全)。
その後、飲み会と言っても結局腹を満たすことはできないので、
降りた駅のそばにある松屋でカレーを食べる。23時40分くらいのことだったか。
そんな夜遅くに食事することは滅多に無い。あるとすると飲み会の後。
文字通り「飲み」が中心となり腹を満たすことは無いから。
で、回転率高い松屋は満席になることは無く、深夜に食事する方が代わる代わる食べてはご帰宅?される。
混んでない事もあって、食後直ぐに動きたくない事もあり、
ここ2ヶ月程毎日続けている『瞬間英作文』の本でその時は5分程学習して、
同じくルーティンの「グロービス学び放題」の「落とし穴シリーズ」から一つを2倍速で見て(数分)、
その後、YouTubeを見ていたはずが、いつの間にか寝ていた…(´;ω;`)
気づいたら4/4、午前1時30分を回っていた。既に店内の客は俺一人、スタッフが夜に運ばれてくる食材の整理をしていた。
いつの間にか、しかも、1時間30分程寝てしまっていたことに、何だか残念な気持ちと、お店に悪い気がして、
とりあえずお店を出た。歩いて帰宅。
午前2時前後?帰宅後、ルーティンの素振りを実施した。面をつけての稽古日以外は毎日素振りをやると決めていたから。
ちなみに、ここ最近の素振りはそれまでの「切り返しの要領で合計200本」をやることに加えて、
先日の講習会でE範士八段から頂いたアドバイスを踏まえ、一息で大きく激しく切り返し(結果的に一息で50本)を実施している。
もちろん、1kg弱の素振り用木刀で。
その後、その講習会でShi教士八段から「面に頼りすぎ」とのご指摘を頂いたことを踏まえ、
面返し胴ができるようになるために、「体さばき」を意識して大きく、形(かた)のような要領で、八角(2kg強)を使って面返し胴の動きを30本実施している。
その他、八角で前4本、後5本の「よくある」切り返しを6セット(およそ本数で言うと120本分)を実施している。
合計400本強。
ここ最近、背中が鍛えられている気がする。いつもの素振り用木刀(1kg弱)が非常に軽く感じる。もちろん、大切なのか軽く感じることではなく、
腰、足で打つ形での素振りにならないと意味が無いのだが。
脱線しまくったが、それを実施して、風呂入って寝た時間は午前5時くらい。
先週の寝過ごしにより、形稽古相手のShoさんに後ろめたさがあり、せめて午前8時台には起きて道場に向かいたかった。
が、まぁ、無理だよな。
起床午前9時30分過ぎ。何だかんだやって、
午前10時過ぎに自宅を出発。外は雨が比較的強く降っていて行く手を阻もうとしているのだろうかと思ってしまったが、
とにかく前に進まないと。
いつもの区が経営する安いが、しかし道場から徒歩8分ほどの駐車場にするか、道場のすぐそばにあるけど15分100円の駐車場にするか迷ったが、
Shoさんを待たせているのではと思って、後者にした。
が、その日はShoさんはいなかった。
一方で午後家族の送迎があるから、趙短時間で実施。
なお、この日はいつも利用している道着ではなく、新しく買ったジャージ剣道着・ヴィクシアトラッドと、
10年以上前まで使っていた禅の袴。サイズがやや大きい(26.5)事や重みを感じて新たな袴を使い始めたという経緯だった。
ただ、それまでの剣道着と袴が、七段審査を受けるにはやや綻びが出てきていることや、色味もあせ始めていたことから、
初めて、クリーニング&綻びなおし、染め直しに出してみた。
その間のつかの間のヴィクシアトラッドの剣道着と、禅の袴で。
Ku教士七段と。
やはり一番初めの運動となると身体が自由に動かない。Ku先生にはいつも面の打ち込みになるのでそれはそれで
身体をほぐす意味では良いかもしれないが、同時に、変な動作をすることによる怪我が気になったこともあり、
何と言うか燃焼しきれない動作での稽古となった。
Ma教士七段と。
いつも通り、真っすぐ攻め合い面打ちが続く。
Ma先生が出る所を察知して面に行くが、何と言うか、当然といえば当然だが、お互いの竹刀が切り結ぶ形で
どちらも面の脇に竹刀が流れる形となり有効打にはならない。
これはどうすれば良いのだろうと打ち合いが続く中思った。どちらも真っすぐに面を打つ。
私はMa先生が出てくる端を狙うが、だからと言って当たるという単純な話ではなく、
何かを変えないと、半永久的に竹刀が切り結ぶ形でお互いの竹刀が面垂に流れる感じ。
ところで、最近気合を入れる際の発生で喉に負担がかかっていることは分かっていた。
そこで、腹を意識して、
また、Ma先生が打ってくる所を狙っていたが、そうではなく、試しに交刃の間合いから、それまでの数cm単位前に出る動きではなく、
10cm単位でやや大きく自分から出てみたら、
それまでのリズムと違ったことが影響してか、Ma先生が突然動き出した、
分かりやすく言うと、その私のやや大きめの動きがトリガーとなって、動く予定で無かったけど、打ちに出ようとされた、
そこに面を打ちに行ったら当たった、という経緯。
距離・間合い、相手との間隔は、その際的な間(あいだ)がどれ程か、mm、cm単位で説明するのは、なかなか言語化が難しいが、
そうか、「一歩」俺から右足を出して、相手を動かすとはこういうことかもしれないと思わされた。
相面で同じペースが続いていたらきっと一本にならないであろう事象が続いた所への「工夫」というか、「変化」をつけてみたら、
口で言うのは簡単だが、やってみて、この動きをこれからも研究してみようと思った。
その日はそれで面を付けての稽古は終わり。
家族の送迎へ。
稽古としての負荷は少なすぎたと認識しているので、
帰宅後、既述した通りの計400本素振りを実施した。
1kg弱で50本切り返しを、一息でやる事は本当にツライ…。
けなも
2026年3月30日月曜日
2026年3月21日(土)、3月28日(土) 28日は寝過ごした…(´;ω;`)
3/21(土)
Ma教士七段と。一本勝負で真っすぐ面に行き一本を頂いた。それにしても御年が80前後だと言うのにいつも気がすごい。
負けていられないといつも気を頂いている。
O教士七段と。身体が前傾になっているとご指摘。その前の週の稽古会で、I教士八段からご指摘頂いた内容と同じだと思った。
打たれててもいいから、是非直したいと思った。足から、腰から打つ剣道でありたい。
Hi教士七段と。初めて。これまでお近くにいらしたにも関わらず、何となく避けていたというか、
稽古をお願いするにもちょっとお願いするには気持ち的にも体力的にも余裕が無く。
気合がすごいし、お強い方だとは認識していた。
なので、自分が負けるのが怖かったので避けていた部分もあったと思う。
でも、先日の稽古会の結果、怖いものが無くなった感覚があると同時に、強い方々にどんどん「挑戦」することが今の自分に必要とおもったので、挑戦した。
何本か打たれたが、一本位当たったかな。
感心するのは、Hi先生が優位だったにも関わらず、稽古後「いっぱい打たれました。」と声を掛けられる所。
俺ならプライドが邪魔して負けを認めたくないと思ってしまうのか、そういう声掛けができない人。
見習わねばと思う。
面を着けての稽古後、私と同じ4月30日に初の七段審査を受審予定のShoさんと形稽古をした。
Shoさんは既に練習を重ねられていたが、私は六段審査ぶりと言っても過言ではない、という状況。ほんと反省だよね。
Shoさんに手取り足取り教えて頂きながら太刀七本目までをゆる~ク形稽古、
3/28(土)
起きたら11:30だった。こんなの久しぶり。
というのも前日、というか当日未明まで起きていた。
仕事の関係で深夜帰宅して、それでもやるべきtodoこなしたら午前3時だったか4時になっていて、
寝たら、いつの間にか11:30。形稽古しようと言っていたShoさんには本当に申し訳ないのと思った。
けなも
Ma教士七段と。一本勝負で真っすぐ面に行き一本を頂いた。それにしても御年が80前後だと言うのにいつも気がすごい。
負けていられないといつも気を頂いている。
O教士七段と。身体が前傾になっているとご指摘。その前の週の稽古会で、I教士八段からご指摘頂いた内容と同じだと思った。
打たれててもいいから、是非直したいと思った。足から、腰から打つ剣道でありたい。
Hi教士七段と。初めて。これまでお近くにいらしたにも関わらず、何となく避けていたというか、
稽古をお願いするにもちょっとお願いするには気持ち的にも体力的にも余裕が無く。
気合がすごいし、お強い方だとは認識していた。
なので、自分が負けるのが怖かったので避けていた部分もあったと思う。
でも、先日の稽古会の結果、怖いものが無くなった感覚があると同時に、強い方々にどんどん「挑戦」することが今の自分に必要とおもったので、挑戦した。
何本か打たれたが、一本位当たったかな。
感心するのは、Hi先生が優位だったにも関わらず、稽古後「いっぱい打たれました。」と声を掛けられる所。
俺ならプライドが邪魔して負けを認めたくないと思ってしまうのか、そういう声掛けができない人。
見習わねばと思う。
面を着けての稽古後、私と同じ4月30日に初の七段審査を受審予定のShoさんと形稽古をした。
Shoさんは既に練習を重ねられていたが、私は六段審査ぶりと言っても過言ではない、という状況。ほんと反省だよね。
Shoさんに手取り足取り教えて頂きながら太刀七本目までをゆる~ク形稽古、
3/28(土)
起きたら11:30だった。こんなの久しぶり。
というのも前日、というか当日未明まで起きていた。
仕事の関係で深夜帰宅して、それでもやるべきtodoこなしたら午前3時だったか4時になっていて、
寝たら、いつの間にか11:30。形稽古しようと言っていたShoさんには本当に申し訳ないのと思った。
けなも
2026年3月15日日曜日
2026年3月14日(土)~15日(日) 4月昇段審査に向けての稽古会
3/13(金)
仕事を休む。昼に大好きなラーメン屋に行く。
ただ、もう昔のように主人は厨房に立っておらず長年のお手伝いさん5~6人で回しており、
少しずつ活気が無くなっていくのは、街の人口が減っているからなのか、
単純にそのラーメン屋を選ぶお客が減っているだけなのか、分からないが、
私にとっては非常に大事なラーメン屋。どうか末永く続いて欲しい。
母校の高校に剣道をしに行きたくて電話して聞いたが、
その日は部活動が休みとのこと。
様々な要因があって今に至っているが、私が高校の頃は剣道部が全員で30名程いたが、
今は1名だと。
他の高校と合同で稽古していると。
少子化が影響している。それは分かるが、非常にショックなこと。
さて、
3/14(土)は稽古会、3/15(日)は特別講習会。
色々と記載したいが、八段の先生方がズラリと並び稽古をお願いできた。
模擬審査として立ち合いした。
立ち合いの感想 一人目強いと思った。中心とってくるし。一本目を余せて打たせたが良くなかったと思ったが、見切るしかない。あそこで無理に出ていったら打たれると思った。 二本目も先に打たせて良くないと思った。なので三本目打ちに行った。良い面は当たったが、果たして自ら打ちに行って正解かは分からない。二人目、思い切って出て来られて有効打突は取られなかったが、打つ所を思い切って来られて、本来俺があれをすべきと思った。
その結果などを踏まえて、先生方から頂いたコメントなどを下記に記す。
ランダムで。
Na教士八段
打ってくる所は良い。
相手にもっと~
(相手を引き出せという趣旨だったのではないか。思い出せない。俺は何してんだ。せっかくアドバイス頂いたのに。忘れている)
初太刀が届いていない。あと良かった。
女性相手の時は、あとちょっとだけ間合いを詰める。詰めが甘いと返し胴を打たれる。そういう場合は審査は落ちる。
二度三度打ちはダメ。一度で打ち切る。
I教士八段
上体がやや前傾。早く打とうとしている。飽くまでまっすぐ。
Sa教士八段
打突の機会の良い所で打ってきている。
打突の機会を見つける。
鍔元空けない。
Ya範士八段
体調崩してあまり稽古できてない。
間合いに入りすぎ、遠くから出す。
柄革余している。鍔いっぱいで持たないと。
面短かった。
Ni教士八段
相手が出てくる所を打つ。攻めとスピード。
攻め。上から下から。ただ真っ直ぐでは審査員から見たら良く見えない。
E範士八段
手の内の冴え。
激しく弾けるような一息の切り返し。
大きく刃筋正しく。それで鍛える。
オリンピックを見ても、モチベーション高い若い人は自分からやる。
剣道は10代、20代で一番強いか。そうならないから、剣道は奥が深い。
剣道は指導者、文化を継承していかないと。
六段以上は技を絞っていかないと。
年齢を重ねていって60代でも(70代でも?)、一番強くならないと本物じゃない。
打ちを出す前にオーラを出して相手を制する。
無念無想。
何もしないが自由自在に対応できる。
そういう攻めを威をもって制する。
やれると剣道は汗をかかない。
あっと思った時に絶命する打ちを出せ。当たった、ではない。切る。苦しませない。それが武士の情け。原点をおさえる。
動じない。相手を見て機会に打つ。
相手をどう動かすか。
時間を気にしてダメ。
覚悟の決め方、相手に左右されない。
剣道は打たない所に位がある。
合気になると相手の気が自分に移ってくる。目、腕、肩の動きを見て見えてくる。合気道の半澤先生は86歳で一番強かった。合気を知って文化の継承。八段と七段の違い。
師を変えても良い。出稽古はやった方が良い。
機を知る、機を作る、機に行く。
打つべき機会に全力で打っていく。
相手の心を乱れさせる、呼吸を乱れさせる、
気攻め、位攻め
ただ、立っているように見えるが、心的エネルギーは相手が来たら瞬時に対応。形だけじゃない。常に相手の動作を見て合気になって心の動き方を読み取り。
女性は攻め返しが出来るか。
女性も八段出てきますよ。
Ka教士八段
余勢が多い。
長すぎると残心にはならない。
Si教士八段
面だけに頼らない。我慢して相手を引き出す。
「女性も八段出てきますよ。」これにグッと来た。
そうあって欲しいと俺は思う。
日本で生まれた「剣道」ならば、その日本は少しずつ変わってきている。
昔々の刀や銃などの争いが行われていた時代は、男が力で外で活躍し、女が家を守るとかって言う時代だったかもしれないけど、
今ってそうじゃない。その昔の価値観が、今の日本のまだ悪しき習慣として残っているせいで、
まだまだ「男はこうでないといけない」とか、「女はこうでないといけない(子供を産まねばいけない)」とか
そんな価値観がまだまだはびこっているように、俺は思う。
でも、色々な人生あっていいじゃん、どこかの国のように国の監視が厳しかったりとかではないから、
日本は、日本は日本らしくあっていいじゃんと俺は思う。
で、「男が力で外で活躍し」ているから「男はエライ」じゃない。
「エライ」のは、男だけじゃない。
女性も頑張っている方は頑張っている。別に剣道だけの話じゃなくて。
で、その日本が変わってきているならば、「剣道」だって変わってくるのは別に不思議じゃない。
「七段は女性にとっての八段」とかって言う言葉は死語でいい。
剣道に真剣に打ち込み続ける「剣道人」に男女の別は無いと私は思う。
だから、何なら、剣道の試合も男女混合の種目だってあっていいと俺は思う。
だって、筋力が弱い「おじいちゃん」ですら、竹刀を巧みに操ることで筋肉モリモリの若手を上回るんだぜ。
それは男しかできないって、誰が決めたの。
「剣道」の魅力は、誰でも稽古を積めば強くなれる、
それを体現することが、剣道人である私と、あと賛同者の役割だと、俺は思う。
ちなみに、ご本人が望まれるならばだが、緒方有希さんには八段になってほしいと、個人的には思う。
一回も会ったことないけど。まぁ、なれる実力や人間力はお持ちなんだろうなと俺は思うが。
話は脱線したが、
32年ぶりに恩師(教士八段)と稽古をした風景。遠くでカメラを設置したので他の方が写りまくりだが、
目印を付けた。最初、矢印(→とか)で示そうと思ったけど、何か指さしているように思えて、
先生にそれは失礼かなと思って、ちょっと工夫したが、ちょっと変だよな( ´艸`)
左が俺。
けなも
仕事を休む。昼に大好きなラーメン屋に行く。
ただ、もう昔のように主人は厨房に立っておらず長年のお手伝いさん5~6人で回しており、
少しずつ活気が無くなっていくのは、街の人口が減っているからなのか、
単純にそのラーメン屋を選ぶお客が減っているだけなのか、分からないが、
私にとっては非常に大事なラーメン屋。どうか末永く続いて欲しい。
母校の高校に剣道をしに行きたくて電話して聞いたが、
その日は部活動が休みとのこと。
様々な要因があって今に至っているが、私が高校の頃は剣道部が全員で30名程いたが、
今は1名だと。
他の高校と合同で稽古していると。
少子化が影響している。それは分かるが、非常にショックなこと。
さて、
3/14(土)は稽古会、3/15(日)は特別講習会。
色々と記載したいが、八段の先生方がズラリと並び稽古をお願いできた。
模擬審査として立ち合いした。
立ち合いの感想 一人目強いと思った。中心とってくるし。一本目を余せて打たせたが良くなかったと思ったが、見切るしかない。あそこで無理に出ていったら打たれると思った。 二本目も先に打たせて良くないと思った。なので三本目打ちに行った。良い面は当たったが、果たして自ら打ちに行って正解かは分からない。二人目、思い切って出て来られて有効打突は取られなかったが、打つ所を思い切って来られて、本来俺があれをすべきと思った。
その結果などを踏まえて、先生方から頂いたコメントなどを下記に記す。
ランダムで。
Na教士八段
打ってくる所は良い。
相手にもっと~
(相手を引き出せという趣旨だったのではないか。思い出せない。俺は何してんだ。せっかくアドバイス頂いたのに。忘れている)
初太刀が届いていない。あと良かった。
女性相手の時は、あとちょっとだけ間合いを詰める。詰めが甘いと返し胴を打たれる。そういう場合は審査は落ちる。
二度三度打ちはダメ。一度で打ち切る。
I教士八段
上体がやや前傾。早く打とうとしている。飽くまでまっすぐ。
Sa教士八段
打突の機会の良い所で打ってきている。
打突の機会を見つける。
鍔元空けない。
Ya範士八段
体調崩してあまり稽古できてない。
間合いに入りすぎ、遠くから出す。
柄革余している。鍔いっぱいで持たないと。
面短かった。
Ni教士八段
相手が出てくる所を打つ。攻めとスピード。
攻め。上から下から。ただ真っ直ぐでは審査員から見たら良く見えない。
E範士八段
手の内の冴え。
激しく弾けるような一息の切り返し。
大きく刃筋正しく。それで鍛える。
オリンピックを見ても、モチベーション高い若い人は自分からやる。
剣道は10代、20代で一番強いか。そうならないから、剣道は奥が深い。
剣道は指導者、文化を継承していかないと。
六段以上は技を絞っていかないと。
年齢を重ねていって60代でも(70代でも?)、一番強くならないと本物じゃない。
打ちを出す前にオーラを出して相手を制する。
無念無想。
何もしないが自由自在に対応できる。
そういう攻めを威をもって制する。
やれると剣道は汗をかかない。
あっと思った時に絶命する打ちを出せ。当たった、ではない。切る。苦しませない。それが武士の情け。原点をおさえる。
動じない。相手を見て機会に打つ。
相手をどう動かすか。
時間を気にしてダメ。
覚悟の決め方、相手に左右されない。
剣道は打たない所に位がある。
合気になると相手の気が自分に移ってくる。目、腕、肩の動きを見て見えてくる。合気道の半澤先生は86歳で一番強かった。合気を知って文化の継承。八段と七段の違い。
師を変えても良い。出稽古はやった方が良い。
機を知る、機を作る、機に行く。
打つべき機会に全力で打っていく。
相手の心を乱れさせる、呼吸を乱れさせる、
気攻め、位攻め
ただ、立っているように見えるが、心的エネルギーは相手が来たら瞬時に対応。形だけじゃない。常に相手の動作を見て合気になって心の動き方を読み取り。
女性は攻め返しが出来るか。
女性も八段出てきますよ。
Ka教士八段
余勢が多い。
長すぎると残心にはならない。
Si教士八段
面だけに頼らない。我慢して相手を引き出す。
「女性も八段出てきますよ。」これにグッと来た。
そうあって欲しいと俺は思う。
日本で生まれた「剣道」ならば、その日本は少しずつ変わってきている。
昔々の刀や銃などの争いが行われていた時代は、男が力で外で活躍し、女が家を守るとかって言う時代だったかもしれないけど、
今ってそうじゃない。その昔の価値観が、今の日本のまだ悪しき習慣として残っているせいで、
まだまだ「男はこうでないといけない」とか、「女はこうでないといけない(子供を産まねばいけない)」とか
そんな価値観がまだまだはびこっているように、俺は思う。
でも、色々な人生あっていいじゃん、どこかの国のように国の監視が厳しかったりとかではないから、
日本は、日本は日本らしくあっていいじゃんと俺は思う。
で、「男が力で外で活躍し」ているから「男はエライ」じゃない。
「エライ」のは、男だけじゃない。
女性も頑張っている方は頑張っている。別に剣道だけの話じゃなくて。
で、その日本が変わってきているならば、「剣道」だって変わってくるのは別に不思議じゃない。
「七段は女性にとっての八段」とかって言う言葉は死語でいい。
剣道に真剣に打ち込み続ける「剣道人」に男女の別は無いと私は思う。
だから、何なら、剣道の試合も男女混合の種目だってあっていいと俺は思う。
だって、筋力が弱い「おじいちゃん」ですら、竹刀を巧みに操ることで筋肉モリモリの若手を上回るんだぜ。
それは男しかできないって、誰が決めたの。
「剣道」の魅力は、誰でも稽古を積めば強くなれる、
それを体現することが、剣道人である私と、あと賛同者の役割だと、俺は思う。
ちなみに、ご本人が望まれるならばだが、緒方有希さんには八段になってほしいと、個人的には思う。
一回も会ったことないけど。まぁ、なれる実力や人間力はお持ちなんだろうなと俺は思うが。
話は脱線したが、
32年ぶりに恩師(教士八段)と稽古をした風景。遠くでカメラを設置したので他の方が写りまくりだが、
目印を付けた。最初、矢印(→とか)で示そうと思ったけど、何か指さしているように思えて、
先生にそれは失礼かなと思って、ちょっと工夫したが、ちょっと変だよな( ´艸`)
左が俺。
けなも
2026年3月8日日曜日
2026年3月7日(土) 高壮年剣道大会
3/7(土)
今日は今日中にしっかり記録しなければいけない。
結論としては、一回戦で負けた。
相手は上段。
霞で向かって右小手を狙った。
正直言って手ごたえがあった。しかし一本にならなかった。
それがダメならではどうすれば良いのだろうかと迷った。
その分、思い切り感が足りなかったんだと思うが、
また右小手を狙った所に面を打たれたという形になった。
ただ、今回の負けはそんなに簡単に記録をして済む話ではない。
要は、剣道のあり方として、やはり単調というか、「多彩」さが無い
それがダメならこれ、これがダメならあれ、
みたいな次の手、次の手、というのが無い。
要は、やはり稽古不足ということ。稽古不足の意味は、
単に、体力的な面でも「剣道慣れ」が必要と言う意味もあるが、
色々な相手と稽古してこそ、様々な工夫が生まれる、
それが不足しているという意味でも稽古不足ということだと考えている。
相手の身長は、160cm前後だったのか、正確には分からないが、
ん~~~~~~~~~~~~~
こういう感覚は前もある。試合に勝てない。
いや、試合に勝てなくて当たり前の過ごし方をしているということではないか。
前日の過ごし方も、結局、You Tubeで上段対策を見たぐらいで、
でもやはり実際にやってみないと、自分の血肉化にはできない。
今の稽古を続けて行ったら10年後どうなっているのだろうか。
同時に、今日、他の試合を見て思ったのは、
みな「高壮年」であるはずが、しかし、動きが「試合」用というと変な感じだが、
勝ち上がるヒトの剣道を見れば、キレ、スピードはそりゃ勝てるよなと腑に落ちる有り様だった。
ただ、何と言うか、
言い方が非常に難しいのだが、
全員と言っている訳ではなく、
飽くまで私は見た範囲でだが、
仮に試合で勝ち上がる方でも、その剣道を続けていたら八段になれるのだろうかと
思う剣道が多かった。
確かに強い、試合にも勝つ、
で、
その剣道を続けて行って、
で、10年後、20年後、それはどうなっているの?
昇段することが全てとは全く思ってないという前提で
(剣道をやる目的が人によって違っても良いと思っている。剣道の理念を忘れなければ)
結局、試合に勝てることでいいんですかね。
と言うのも、話はちょっと逸れるが、
試合で勝ち続ける方の中でも、
相手への敬意が欠けている所作に見えてしまう場面が複数あったりする。
勝ちへのこだわりがあってもいいと思う。
でも、礼節を重んじず、「勝ち」が優先されていいのかね。
そんな彼らは10年後、20年後、何に価値を置いて剣道をされるのだろうか。
それでも「勝ち」が優先されるのだろうか。
その価値が生み出される場は「試合」という場に限られるのではないだろうか。
優秀な剣道家の一部がそのままで、そんな彼らが指導者になったら何を教えるのだろうか。
非常に疑問を抱いた場面に複数遭遇してしまって、残念だし、
しかし、つまりそういうご指導を受けていた方々でもあるのだろうと思ったりもする。
そんな方々を「駆逐」するには、その方々に試合で勝つことでしか実現できないのだろうか。
試合を一回戦で負けた自分が言える立場ではないのかもしれない。
話を戻そう。
上段のその選手の実力を数値化できないから、デジタルには言えないが、
結局、私の剣道力、特に「勝負力」は残念ながらまだまだレベルは低いのだと認めざるを得ない。
そう、剣道を再開してから出場した数々の試合でも同様に1~2回戦で負け続けることが多々あった。
ただ、剣道のカタチを(結果)崩すことは無く、基本を意識して剣道を続けたら、
数年後の(地元の町の)試合では個人戦決勝まで進めたが、その過程でも何だかんだ試合巧者と当たった。
それでも何と言うか、基本を重視した剣道があったからか、初見のお相手でも
「こう打てばいけるかな?」と瞬時に思って技を出しては一本が取れたから、
それはその時に私に「軸」のようなものが何等か備わっていたということだと思う。
今は、この3年のブランクで感覚などが鈍っている部分は確かにある。
だから、今は、まずはこのまま今の剣道を続けること自体は正解だと思う。
一方で、それだけではやはり危機感を抱いている。「量」の問題。
これは今の自分に必要だと思っている。
どうやって補おうか。素振りの本数を増やすか?でも、何だかんだ200本でも負荷をかけている分、
それ以上本数を増やして、仕事から遅くに帰宅後の毎日に実施するのは現実的ではない。
1日1,000本素振りをして9日休むくらいなら、毎日100本を10日間した方が良いのだと私は思っている。
また話は逸れるが、それにしても、私は、きっと一流選手が経験ないであろう「負け方」を経験している。
高校1年生になってすぐの4月だったか、同じ県内だけど、普段は交流が無い地区の中学生が高校生の稽古会に遠征稽古で来た際、
なぜか、当時の先輩方である高校3年生が相手の中学1年生を相手に試合をして、
高校2年生が相手の中学2年生を相手に試合をして、
と高校側が昇順だとすると、中学側が降順での試合順番を組まれ、
当然(?)先輩方は勝ち続ける訳で、
ところが、なぜか、高校1年生である私が最後の試合出場者で、相手の中学は3年生の大将が出場して、
しかも、間違いなく二の腕に当てられた打突を「小手」だと判定されて、80~90人が見守る中で、
相手の同伴した大人たちはじめ中学生が歓喜する中で、私の負けが決まった。
何なら、ウォームアップ終わった中学生たちに対して、
私は1年生と言うこともあり下っ端の事務作業や審判など裏方作業をしており、
寒い冬、身体が冷えた中で面を付けてという「悪条件」で試合に臨まざるを得なかった
そのことも何度も何度も「不条理」だったと思い返すが、そんな中で最後の最後に皆が注目する試合で
面目丸つぶれの試合をした。
当時は範士八段の先生が高校のコーチだった分、イイ所を見せたいと思っていた高校に入学してすぐの私にとっては、
非常にショックな経験となってしまった。
当時の記録を残してなかったので、記憶を頼りに記載しているが、リアル感がさすがにない分だけ、
この記載だけだと、「いや、単なる準備不足でしょ」「負けを素直に認めないのは見苦しい」とか言われそうだけど、
ここで言いたいのは、
当時はものすごく納得いかない「負け」と判断された際、
非常に頭に来て、その場で竹刀をぶん投げたい気持ちだった、
が、しかし、飽くまで冷静に竹刀を収め、中学生を礼節持って見送り、その後、残った高校生と集まっていた先生方で
稽古会が続いた。
納得いかな過ぎて、怒りを持ちすぎて、叫びたかったし、何かモノを壊したい激しい感情があったが、
しかし、それを抑えて、飽くまで普通に淡々と先生方へ稽古をお願いした。
今でもその時の「不条理さ」を思い返す。
一方で、今振り返れば、その二の腕への打突を「小手」だと判断された何かがきっとあったはずだし、
本当に強かったら、多分、準備運動なしでも勝てていたんだと振り返ったりもする。
で、話が大きく逸れたけど、言いたかったのは、
俺は、普通のヒトがまず経験しないであろう経験をするんだ、ということ。
今回の高壮年も、相手の属性が何であれ、負けは負けだが、本来ならば当然負けたくなかったし、
負けてはいけない試合だと、昔の俺ならそう思っていたはずだ。
でも、負けた。
剣道だから?「勝ち負けは二の次だ」と自分にも言い聞かせたい気持ちはある。
だけど、今回の「負け」を負けとして、真正面から向き合わないと、
自分の成長にならないと思っている。せっかくお相手してくれたお相手にも失礼だとも思う。
それでまた話を少し戻すが、
「量」が足りてないと思う。しかし、今の生活で「量」を増やすことは現実的ではない。
今年度入って多少は勤務環境は変わって、比較的心穏やかに過ごせているが、
入社してから20年近くは、朝8時台に仕事が始まり、特に入社10何年間かは、夜中まで仕事を実施し、
終電で帰宅か、徹夜の場面が多く、
だからこそ、剣道を再開した2008年以降これまでは平日稽古に参加することがほぼ無理で、
だから、稽古の無い日(というかできない、特に平日)に、稽古代わりに素振りをする。つまりほぼ毎日。
あっちこっち話は飛んだが、
もっと言いたかったのは、普通のヒトでは経験できない(本当に恥ずかしい、プライドを傷つけるような)
「負け」を数多く経験してきた。
しかし、今回の高壮年の負けも、冷静に捉えてみると、
つまり、きっと他の人には得られない教訓を得られるのではないだろうかと思い始めている。
だからこそ、今回の試合から次に向けて何を教訓とすべきか、
まだ考えている。
来年の高壮年も是非出場して、今回の結果が嘘だと思われるくらい、
良い成績を残してみたい。
けなも
今日は今日中にしっかり記録しなければいけない。
結論としては、一回戦で負けた。
相手は上段。
霞で向かって右小手を狙った。
正直言って手ごたえがあった。しかし一本にならなかった。
それがダメならではどうすれば良いのだろうかと迷った。
その分、思い切り感が足りなかったんだと思うが、
また右小手を狙った所に面を打たれたという形になった。
ただ、今回の負けはそんなに簡単に記録をして済む話ではない。
要は、剣道のあり方として、やはり単調というか、「多彩」さが無い
それがダメならこれ、これがダメならあれ、
みたいな次の手、次の手、というのが無い。
要は、やはり稽古不足ということ。稽古不足の意味は、
単に、体力的な面でも「剣道慣れ」が必要と言う意味もあるが、
色々な相手と稽古してこそ、様々な工夫が生まれる、
それが不足しているという意味でも稽古不足ということだと考えている。
相手の身長は、160cm前後だったのか、正確には分からないが、
ん~~~~~~~~~~~~~
こういう感覚は前もある。試合に勝てない。
いや、試合に勝てなくて当たり前の過ごし方をしているということではないか。
前日の過ごし方も、結局、You Tubeで上段対策を見たぐらいで、
でもやはり実際にやってみないと、自分の血肉化にはできない。
今の稽古を続けて行ったら10年後どうなっているのだろうか。
同時に、今日、他の試合を見て思ったのは、
みな「高壮年」であるはずが、しかし、動きが「試合」用というと変な感じだが、
勝ち上がるヒトの剣道を見れば、キレ、スピードはそりゃ勝てるよなと腑に落ちる有り様だった。
ただ、何と言うか、
言い方が非常に難しいのだが、
全員と言っている訳ではなく、
飽くまで私は見た範囲でだが、
仮に試合で勝ち上がる方でも、その剣道を続けていたら八段になれるのだろうかと
思う剣道が多かった。
確かに強い、試合にも勝つ、
で、
その剣道を続けて行って、
で、10年後、20年後、それはどうなっているの?
昇段することが全てとは全く思ってないという前提で
(剣道をやる目的が人によって違っても良いと思っている。剣道の理念を忘れなければ)
結局、試合に勝てることでいいんですかね。
と言うのも、話はちょっと逸れるが、
試合で勝ち続ける方の中でも、
相手への敬意が欠けている所作に見えてしまう場面が複数あったりする。
勝ちへのこだわりがあってもいいと思う。
でも、礼節を重んじず、「勝ち」が優先されていいのかね。
そんな彼らは10年後、20年後、何に価値を置いて剣道をされるのだろうか。
それでも「勝ち」が優先されるのだろうか。
その価値が生み出される場は「試合」という場に限られるのではないだろうか。
優秀な剣道家の一部がそのままで、そんな彼らが指導者になったら何を教えるのだろうか。
非常に疑問を抱いた場面に複数遭遇してしまって、残念だし、
しかし、つまりそういうご指導を受けていた方々でもあるのだろうと思ったりもする。
そんな方々を「駆逐」するには、その方々に試合で勝つことでしか実現できないのだろうか。
試合を一回戦で負けた自分が言える立場ではないのかもしれない。
話を戻そう。
上段のその選手の実力を数値化できないから、デジタルには言えないが、
結局、私の剣道力、特に「勝負力」は残念ながらまだまだレベルは低いのだと認めざるを得ない。
そう、剣道を再開してから出場した数々の試合でも同様に1~2回戦で負け続けることが多々あった。
ただ、剣道のカタチを(結果)崩すことは無く、基本を意識して剣道を続けたら、
数年後の(地元の町の)試合では個人戦決勝まで進めたが、その過程でも何だかんだ試合巧者と当たった。
それでも何と言うか、基本を重視した剣道があったからか、初見のお相手でも
「こう打てばいけるかな?」と瞬時に思って技を出しては一本が取れたから、
それはその時に私に「軸」のようなものが何等か備わっていたということだと思う。
今は、この3年のブランクで感覚などが鈍っている部分は確かにある。
だから、今は、まずはこのまま今の剣道を続けること自体は正解だと思う。
一方で、それだけではやはり危機感を抱いている。「量」の問題。
これは今の自分に必要だと思っている。
どうやって補おうか。素振りの本数を増やすか?でも、何だかんだ200本でも負荷をかけている分、
それ以上本数を増やして、仕事から遅くに帰宅後の毎日に実施するのは現実的ではない。
1日1,000本素振りをして9日休むくらいなら、毎日100本を10日間した方が良いのだと私は思っている。
また話は逸れるが、それにしても、私は、きっと一流選手が経験ないであろう「負け方」を経験している。
高校1年生になってすぐの4月だったか、同じ県内だけど、普段は交流が無い地区の中学生が高校生の稽古会に遠征稽古で来た際、
なぜか、当時の先輩方である高校3年生が相手の中学1年生を相手に試合をして、
高校2年生が相手の中学2年生を相手に試合をして、
と高校側が昇順だとすると、中学側が降順での試合順番を組まれ、
当然(?)先輩方は勝ち続ける訳で、
ところが、なぜか、高校1年生である私が最後の試合出場者で、相手の中学は3年生の大将が出場して、
しかも、間違いなく二の腕に当てられた打突を「小手」だと判定されて、80~90人が見守る中で、
相手の同伴した大人たちはじめ中学生が歓喜する中で、私の負けが決まった。
何なら、ウォームアップ終わった中学生たちに対して、
私は1年生と言うこともあり下っ端の事務作業や審判など裏方作業をしており、
寒い冬、身体が冷えた中で面を付けてという「悪条件」で試合に臨まざるを得なかった
そのことも何度も何度も「不条理」だったと思い返すが、そんな中で最後の最後に皆が注目する試合で
面目丸つぶれの試合をした。
当時は範士八段の先生が高校のコーチだった分、イイ所を見せたいと思っていた高校に入学してすぐの私にとっては、
非常にショックな経験となってしまった。
当時の記録を残してなかったので、記憶を頼りに記載しているが、リアル感がさすがにない分だけ、
この記載だけだと、「いや、単なる準備不足でしょ」「負けを素直に認めないのは見苦しい」とか言われそうだけど、
ここで言いたいのは、
当時はものすごく納得いかない「負け」と判断された際、
非常に頭に来て、その場で竹刀をぶん投げたい気持ちだった、
が、しかし、飽くまで冷静に竹刀を収め、中学生を礼節持って見送り、その後、残った高校生と集まっていた先生方で
稽古会が続いた。
納得いかな過ぎて、怒りを持ちすぎて、叫びたかったし、何かモノを壊したい激しい感情があったが、
しかし、それを抑えて、飽くまで普通に淡々と先生方へ稽古をお願いした。
今でもその時の「不条理さ」を思い返す。
一方で、今振り返れば、その二の腕への打突を「小手」だと判断された何かがきっとあったはずだし、
本当に強かったら、多分、準備運動なしでも勝てていたんだと振り返ったりもする。
で、話が大きく逸れたけど、言いたかったのは、
俺は、普通のヒトがまず経験しないであろう経験をするんだ、ということ。
今回の高壮年も、相手の属性が何であれ、負けは負けだが、本来ならば当然負けたくなかったし、
負けてはいけない試合だと、昔の俺ならそう思っていたはずだ。
でも、負けた。
剣道だから?「勝ち負けは二の次だ」と自分にも言い聞かせたい気持ちはある。
だけど、今回の「負け」を負けとして、真正面から向き合わないと、
自分の成長にならないと思っている。せっかくお相手してくれたお相手にも失礼だとも思う。
それでまた話を少し戻すが、
「量」が足りてないと思う。しかし、今の生活で「量」を増やすことは現実的ではない。
今年度入って多少は勤務環境は変わって、比較的心穏やかに過ごせているが、
入社してから20年近くは、朝8時台に仕事が始まり、特に入社10何年間かは、夜中まで仕事を実施し、
終電で帰宅か、徹夜の場面が多く、
だからこそ、剣道を再開した2008年以降これまでは平日稽古に参加することがほぼ無理で、
だから、稽古の無い日(というかできない、特に平日)に、稽古代わりに素振りをする。つまりほぼ毎日。
あっちこっち話は飛んだが、
もっと言いたかったのは、普通のヒトでは経験できない(本当に恥ずかしい、プライドを傷つけるような)
「負け」を数多く経験してきた。
しかし、今回の高壮年の負けも、冷静に捉えてみると、
つまり、きっと他の人には得られない教訓を得られるのではないだろうかと思い始めている。
だからこそ、今回の試合から次に向けて何を教訓とすべきか、
まだ考えている。
来年の高壮年も是非出場して、今回の結果が嘘だと思われるくらい、
良い成績を残してみたい。
けなも
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