2012年6月24日日曜日

6/23(土)

関東実業団剣道大会の試合中、ろっ骨を痛めました…。
ちょうど、面を打った後、万歳した格好で相手に接近してしまい、
その際、相手の拳が私のろっ骨に当たったという経緯です。

9月に広島の宮島大会に参加したとブログで書きましたが、
その際は、既にろっ骨を痛めた状態で試合に出場しました。
今回ろっ骨を痛め、広島で痛い思いをして試合に出場したことを
思い出しました。ちなみに、広島では一緒のチーム内に、ご家族が
武道具店を経営している方がいらっしゃいました。私がろっ骨を痛めている
旨を話すと、そのご家族の方全員が、あーよくあるよね、と言って、
湿布とろっ骨部分を固定するバンドを下さいました。

で、関東実業団剣道大会の後、何日間かはそのバンドで胸を
固定し、夜寝たりしました。なんでもクシャミするだけで痛いんですから…。
そして、素振りしても痛みがあり、素振りもできませんでした。

で、その痛みがほぼ無くなり、3週間ぶりに面をつけて稽古をしました。
昨日6/23に稽古しました。朝地元の道場で、そして、なんと夕方は
別の道場でやってしまいました。ちょっと無茶かなと思ったんですが、
朝の道場での稽古で、ろっ骨の具体も良く、体力もセーブした部分があり、
夕方の稽古へ参加しようと考えました。

何より、夕方の稽古の団体に参加するのは2月以来です。
防具は無事置かれているか、道着にカビが生えていないか心配でした。
普段は火、木、土の夜に行われている稽古。
仕事の関係で、全く参加できておりませんでした。
久しぶり会う先生方は何て思うだろうと心配しながら思い切って向かいました。

結果、稽古できました。

思ったこと。
朝の地元の稽古は、お相手はほぼ知り合っている方々ばかり。
すると、私の剣道の形もご存じであり、良くも悪くも私の剣道として、
ご理解頂いた上で稽古を頂いている。

一方、あまりお付き合いが深くない夕方の先生方からは、
朝には頂けないご指導が入る。切り替えしの段階で、きちんと、
相手の面の高さ、左右角度を打っているかを意識させられ、
そもそも、切り返す竹刀自体の物打ちで打ててないとのご指摘。

そして、地稽古の際、初めて相手頂いたある先生から
「いい稽古されますね。」と言われた。前にも、同じ道場で、
別の先生からご指摘あった内容と全く同じ…。

ただ、今回のこの先生の場合、地稽古中、私の面打ちの仕方に
何だかご不満があるようで、ちゃんと上から打つようにというように、
言葉でなく、動作でご指摘あり。また、言葉で「(竹刀を)押さえつけない。」と
ご指摘あり。いつも、相面の際、どうも癖で相手の竹刀を押さえつけることが
あるらしく、そのことは、朝の道場の先生方からもご指摘を受けたことがあった。
その上での、「いい稽古されますね。」だったので、何というか、
駄目な部分ばかり指摘した相手に、せめて励ます意味でのパフォーマンス的
お言葉だったのかなと感じます。

その先生から頂いたご指摘として、稽古後、理合に則った剣道とは、
自分からやたら打っていくことではない。例え一本にならなかったとしても、
打つべき時に打ち残心を取るところまでできたら、それは一本と同等である
とお話を頂いた。んー、何となくおっしゃっる意味が分かる気がする。

で、100%溜めが作れない不完全な状態でも、打つべき時に打っていけとの
ご指導を頂いた。その点は、おっしゃっている意味が分かる一方、
しっかり消化できていない。その姿は、結局、攻めが不完全な状態を
意味しているように思えて、客観的には、打ち急ぎに映るのではないかと思うからだ。
私の認識不足によると思うので、その点は、行動しながら考えてみたい。

それにしても、関東実業団での試合で、完全な状態からの打ちを求めてしまい、
そうでない状態の際、相手の攻めがあると下がってしまうということがあった。
今回頂いたご指摘は、そこにつながるのかなとも思っている。

さて、明日から、また憂鬱な仕事が始まる。
でも、仕事におけるすべての事が明るく楽しく無事に健康にうまく済んで欲しい。
いつまでも、憂鬱に仕事はしていたくない!

けなも

2012年6月3日日曜日

6月3日 関東実業団剣道大会

6月3日 関東実業団剣道大会に出場しました。

我がチームは、残念ながら3回戦で敗退しました。

で、私はというと、3回とも引き分け。情けないです。
1回戦は、1本取ってその後取られました。
2回戦は、1本取られてその後取り返しました。
3回戦は、有効打無でした。

ちなみに、上記のうち有効打突は、面でした。
取ったのも、取られたのも。

反省点

・取られた時は、下がった時。試合になると下がる。
 悪い意味で丁寧に試合を進めようとしてる自分がいる。
 間合いをきちんととって、無理な間合いでは打たない、
 だから、こちらが用意十分でない時、相手が出てきたら、
 下がっちゃう。ということなんだと思う。
 稽古の時は、打たれて当たり前と思い、前に出て打つのに、
 その形が無かった。

・一本を取る組み立てが出来てない。面のみ、しかも、単発。

・足を開いて攻める。意外とそうなってた。ビデオ見直して意外だった。
 構えた状態の姿勢を堅持した剣道でありたい。

けなも

2012年6月2日土曜日

明日、関東実業団に参加します。

明日(6/3)、関東実業団剣道大会に選手として参加します。
是非、勝ち続けたいです。最後まで諦めずに、がんばります。
ちなみに、中堅です。がんばろう。

けなも

2012年5月3日木曜日

ネフローゼ症候群 異常無し

5/3

ネフローゼ症候群、再発か?と心配しましたが、翌日の尿検査は異常無しでした。
疲労がピークに達した直後は、尿検査で異常が出るのかもしれません。

だとすると、2005年3月の再発は、実は再発ではなかったのかも…と
今更思っても仕方ないか。

今の所、今週は400本素振りは継続中です。
ここ半年だけ見ても、必ず一週間のうち一日は何らかの理由で400本素振りできなかった。
G.W.ということもあってか、時間的には余裕があるからできてるみたいです。

本当は、5/3は毎年、故郷の町の剣道大会に出場していたのですが、
今年は昨日(5/2)も夜まで仕事で帰省できず、家で過ごしてしまってます。

さて、これからランニングしてきます。そして、素振りしてきます。

がんばります。
そして、仕事もがんばらねば。

けなも

2012年4月30日月曜日

ネフローゼ症候群、再発か?

そうそう

最近の稽古不足を嘆き、今日、15kmほどウォーキングしたんです。
上り坂、下り坂ありの道。やはり、足が疲れました。

で、「まさか、再発ってことはないよね…。」と思いつつ、帰宅後、尿検査薬で検査。

…ん?尿タンパク…、え?異常あり?え?マジで?

みたいな。

少し時間おいて、再検査予定です。

たのむよ、俺の体。

けなも
4/30

投稿が久しぶりとなってしまいました…。
この1ヶ月以上、何があったか。

とにかく、仕事が夜遅くまでかかったということ。
但し、私の仕事の仕方が効率悪すぎるということが原因。
仕事の仕方を変えなければ、これからもこの状態が続く。
修正せねばと思いつつ、GWに突入。一息つきたい気持ちで、
今連休を過ごしてる。知識習得に努めようかと思ったが、
とにかく、体も心も休みたい。張りつめた毎日がつらすぎた。
体にも、心にも大きな負荷がかかっていた。明日(5/1)まで休み、
5/2は出勤し、5/3は剣道の試合に出場予定、
5/4~5/6は、どのように時間を使おうか考え中。仕事の「勉強」しなきゃ、
GW明けがつらいと思ってる。休みの時は、100%休みたいのに、
「できない」仕事人は、休みの時こそ、スキルアップしなければと思うが、
どうだろう。

さて、最近の剣道ですが、やはりこの1ヶ月強の過ごし方が影響している。
つまり、十分な稽古ができてないので、思い通りの動きにはなっていない。
何やってんだろ。結局、このまま変わらず、今後の試合に臨むのか。
結局、去年までと変わってない。変わってないなら、結果も変わらないだろう。
こんなんで、いいのか。良くない。では、どうすれば良いのか、どうありたいのか。

仕事も剣道もうまくいってないなんて、寂しいし、情けない。

と嘆いていても、憂鬱な現状は変わらず。
なので、剣道も仕事も、このGWの過ごし方で、少しでも上向くように、
動いてみたいと思ってる。

例えば、剣道で言えば、(まだ決まってないが)6月には実業団の試合に出場する
かもしれない(しないかもしれない。社内選考で負けた…)。仮に出場するなら、
その日に向けて、改めて今すべきことを、それこそ必ず実行する、継続する。
とは言いながら、現実的にできることと言えば、素振り用木刀で素振りすることか。
午前1時~2時に帰宅後、ランニングは厳しいわ。次の日お客様の前で居眠りしちゃう、
それ以上遅く寝るとなると。

仕事で言えば、まず、今目の前で起きている現象を正確につかむこと。
当たり前だけど、まだ、適切に把握・理解できていない。
適切に把握・理解するには、まずお客様を知る。お客様に関わる社内事情を知る。
などなど…、本来ならGWで到底できるはずのない分量があるけれど、
せめて、これまで起きていたこと、これから起きることを今一度正確に理解し、
特に言葉の意味や、ある事象の背景を覚えた上でGW後の仕事に臨みたい。

けなも

2012年3月20日火曜日

2011年3月11日

前回の続きを書きます。

2011年3月11日(金)、小田原にある病院の会計フロアにあったテレビで、
水浸しの街を見た。その時は、それがどういう意味があるのか、明確に分かってなかった。
つまり、一部の街の、一部の被害状況なのかという程度かと思った。

本当はテレビに食い入るように見たい気持ちはあったが、
手持無沙汰とは言え、形式上は勤務時間であったので、
一度、待機場所に戻る…が、相変わらず、無線PCは使えず
地震の被害状況などいまいちつかめない。
いつからか、小田原の街に大津波警報が発令されたアナウンスが流れていたが、
結局いつまで流れていたのだろう。

夕方17時は過ぎたころだろうか、仕方なく出張先から戻ろうと駅へ行けば、
案の定電車は動いていなかった、ことは確認したか、今となってはハッキリ覚えてないが、
上司とは、食事して時間が経ったら事態も収まるだろうからと、食事に行くことにした。
食事の間、覚えているのは、携帯電話がつながりにくいことだった。
そこで、一度、俺だけお店を出て、近くの公衆電話へ向かったが、行列。
たまたま、会社の出張所が近くにあり、固定電話を使って会社へ電話することができた。
会社では、帰宅できずにいる社員が電話にでて、お互いの安否を確認した。
電話の前後、出張所にいた社員たちが見ていたテレビで、被害が徐々に
明確になってきたことを確認したと記憶している。

お店に戻り、上司と再び食事に戻った。そうそう、お店は、俺と同様、
電車再開を待つような方々が多かったようだ。

結局、20時前だったか、電車での帰宅は諦め、近くに宿をとることにした。
上司と共にお店を出て、小田原駅周辺にある宿に向かった。向かったが、全て満室だった。
そりゃそうだ、帰宅できない多くの人が、俺と上司より早く宿をとったんだ。
満室を確認しては次の宿、次の宿へ向かった。携帯電話が使えないから、足でホテルを巡った。
そうしていたのは、俺たちだけじゃなかった。

何十件回ったか覚えてないが、結局、隣の街へ歩こうとなった。夜21時は過ぎてただろうか。
行く方向を間違えると、一日中歩く可能性もある。行く先は箱根と決めた。
箱根方面への道路はすいていた。タクシーに乗りたかったが通らなかったと記憶している。
逆に東京方面の自動車が渋滞していた。あれはメガネスーパー本社前の道だった。

箱根の方向は分かってても、確信持てず、しかも疲れていたので、
とぼとぼ1時間ほど歩いただろうか。途中で箱根方面へ向かうバスがやってきた。
それに乗り、一気に箱根湯本駅まで向かい、降りた。

観光客のキャンセルがあったのか、最初に訪れたホテルに空きがあり宿泊できた。
上司と2人1部屋となった。
ホテルの部屋でテレビをつけて、地震の被害状況を改めて思い知らされた。
文字にするのも憚れるニュースが流れていた。上司は淡々と仕事のことで、
多少はつながる携帯電話で関係者と話をしていたが、私は仕事よりも
被害の状況を理解しようと、まずは胸騒ぎを抑えようと努めていた。

ホテル(だけではなかったらしいが)の公衆電話は無料で使えたので、
東北の実家に電話した。実家では停電となってしまっており、寒い3月、
暗くテレビもつかない部屋で、ラジオだけをつけ、布団にくるまっているという
家族と話をした。ホテルのテレビを見た分、改めて家族が無事であることに安堵した。

夜中眠っている最中、設定していない携帯電話の目覚まし時計が鳴った、
いや、マナーモードが解除されて、聞きなれない着信音がけたたましく鳴った、
いや、それが地震を知らせる警報音と知ったのは、夜が明けた日以降だ。
寝ている上司を起こしてはまずいと、寝ぼけた状態で懸命に、うるさい携帯電話を
探し音を止めようとした。が、鳴っていたのは、俺の携帯電話だけじゃなかったことが
冷静に時間が経てば経つほど、思い起こされる。

次の日の朝、土曜日、9時頃、小田原のお客様の安全を改めて確認した後、
相模大野にある別のお客様の安否を確認しに向かった。
向かう途中、通常なら1時間程度で済む移動も、4時間ほどかかった。
電車が慎重な移動を重ねた為、待ち時間も長ければ、実際の移動時間も長かった。

その移動中、ワンセグを使ってニュースを逐一確認した。
すると今度は原発の話が大部分を占めていた。今度は一体何が起こったんだと、
これまた状況をしっかり理解できずにニュースに食い入った。

相模大野のお客様の安否が確認できて、やっと帰宅の途に就いた。
夕方16時くらいだったろうか、自宅の近くまで来てドラッグストアで買い物をし終わった矢先、
今度は、携帯電話が鳴った。小田原のお客様からだった。テレビを見てるかとのこと。
結局、ワンセグは場所によってつながり悪く、相模大野からの帰りはそれほどワンセグを
見る機会が無かった。そんな中、お客様から言われたことは、計画停電に向けて
協力して欲しいという話だった。何だか休む暇もない。また何時間かかけて
小田原に戻るのかと思った。が、よくよく詳細を確認すると月曜から対応が必要かも
ということで、一旦、家に戻った。

と、ここまで記載したのは、あの日の出来事を忘れたくないという気持ちがあり、
文字にしたかったこと。それに、ちょうど2011年2月、剣道再開後初めて昇段審査に挑み、
四段合格した時期でもあり、剣道に、気持ち新たに取り組もうと思った頃だった。
そこで、それまでよりも素振りに取り組む頻度は上がった。ちょうど、その頃の地震で、
しかも、原発の問題が生じた。すると、外に安易に出るのを控えることになり、
結局、外での素振りは当分控えたという状況につながった時でもあった。
私の剣道へ取り組もうとする気持ちや行動に大きな影響を与えた出来事でもあった。

また、改めて、関連する話をします。今日は長く書きすぎた。

けなも