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2011年10月12日水曜日

広島‐宮島剣道大会

9/11(日)

初めて宮島剣道大会に参加しました。本当にいっぱいの剣士が集まるんですね!
何人でしょうか。手元にプログラム無いので、ざっくり言うと、中学校の体育館いっぱいに
選手や関係者が集まる(本当にざっくり…)。老若男女関係なくチームを作るという。
100チームくらいでしょうか。何百人の方が集まっているのか。
こんな大会が私の田舎(東北)にあったら、さぞ盛り上がるのだが…。
そもそも、剣道人口少ないか…。
広島という所は剣道が盛んな街の一つなんだろうなと感じました。

で、私はチームの先鋒。一回戦、相手先鋒不在で不戦勝!
二回戦、今度は相手がいて、若手でなかなかの方で、引き分け…。
(勝てよ。)
で、チームはその二回戦負け。中堅と副将が負けちゃったんですが、
敢えて言うと、チームが負けたのは、中堅、副将が負けたからではなくて、
私が勝たなかったからです。私が勝ってたら流れが変わってたと思う。
と、終わってから言ってもしょうがなく。

得たこと。
今回新幹線で4時間かけて広島に行きました。
剣道をする環境が新鮮な中で、試合前日に急遽近くの道場で剣道をさせて頂きました。
(稽古不足の為、1回の地稽古でバテて稽古どころでなかったです。
 受け入れて頂いた道場の皆様、本当に申し訳ございませんでした。)

その上で、「攻めて」「面」という流れは、やはり稽古し甲斐があるというか。
誤解を恐れずに言うと、よそ者であるからこそなおさら、その流れを見られるというか。
小手とか胴とか突きとか、応じ技とかは「お呼びでない」というか。
道場の先生方から(当たり前だけど)「一本」をとることが大切なのでなく、
下手でも下手なりに「攻めて」「面」に全力を注いでぶつかっていくこと。
それが大切なんだなって思った。
その意味は、もちろん、自分自身の剣道がどれほどか、
レベルを痛感できるバロメーターになるというか。

ただ、ここまで書いてなんですが、
小手も胴も突きもきちんと「一本」にできるよう、
普段から鍛錬を積まねばと思ってます。
うまく表現できないけど、私が上手になった時「面しか認めない」先生でありたくない。
攻めの結果出た「一本」の技は、飽くまで結果だと思うから。

その上で、「攻めて」「面」がどなたに対しても通用する剣道でありたい。

明日(10/12)も朝早いのに、ここまで書いたのは、
書きたかったことがあったこと(まだある)、
仕事から帰ってきた食事で残念な思いがあってたくさん食べたら
胃が重くて時間をおきたかったから。

広島記念の写真を掲載します
(著作権とかねーよな。あったら教えて下さい。即削除します)。

広島で温かく迎えて頂いた皆様、本当にありがとうございました。

けなも

2012年6月24日日曜日

6/23(土)

関東実業団剣道大会の試合中、ろっ骨を痛めました…。
ちょうど、面を打った後、万歳した格好で相手に接近してしまい、
その際、相手の拳が私のろっ骨に当たったという経緯です。

9月に広島の宮島大会に参加したとブログで書きましたが、
その際は、既にろっ骨を痛めた状態で試合に出場しました。
今回ろっ骨を痛め、広島で痛い思いをして試合に出場したことを
思い出しました。ちなみに、広島では一緒のチーム内に、ご家族が
武道具店を経営している方がいらっしゃいました。私がろっ骨を痛めている
旨を話すと、そのご家族の方全員が、あーよくあるよね、と言って、
湿布とろっ骨部分を固定するバンドを下さいました。

で、関東実業団剣道大会の後、何日間かはそのバンドで胸を
固定し、夜寝たりしました。なんでもクシャミするだけで痛いんですから…。
そして、素振りしても痛みがあり、素振りもできませんでした。

で、その痛みがほぼ無くなり、3週間ぶりに面をつけて稽古をしました。
昨日6/23に稽古しました。朝地元の道場で、そして、なんと夕方は
別の道場でやってしまいました。ちょっと無茶かなと思ったんですが、
朝の道場での稽古で、ろっ骨の具体も良く、体力もセーブした部分があり、
夕方の稽古へ参加しようと考えました。

何より、夕方の稽古の団体に参加するのは2月以来です。
防具は無事置かれているか、道着にカビが生えていないか心配でした。
普段は火、木、土の夜に行われている稽古。
仕事の関係で、全く参加できておりませんでした。
久しぶり会う先生方は何て思うだろうと心配しながら思い切って向かいました。

結果、稽古できました。

思ったこと。
朝の地元の稽古は、お相手はほぼ知り合っている方々ばかり。
すると、私の剣道の形もご存じであり、良くも悪くも私の剣道として、
ご理解頂いた上で稽古を頂いている。

一方、あまりお付き合いが深くない夕方の先生方からは、
朝には頂けないご指導が入る。切り替えしの段階で、きちんと、
相手の面の高さ、左右角度を打っているかを意識させられ、
そもそも、切り返す竹刀自体の物打ちで打ててないとのご指摘。

そして、地稽古の際、初めて相手頂いたある先生から
「いい稽古されますね。」と言われた。前にも、同じ道場で、
別の先生からご指摘あった内容と全く同じ…。

ただ、今回のこの先生の場合、地稽古中、私の面打ちの仕方に
何だかご不満があるようで、ちゃんと上から打つようにというように、
言葉でなく、動作でご指摘あり。また、言葉で「(竹刀を)押さえつけない。」と
ご指摘あり。いつも、相面の際、どうも癖で相手の竹刀を押さえつけることが
あるらしく、そのことは、朝の道場の先生方からもご指摘を受けたことがあった。
その上での、「いい稽古されますね。」だったので、何というか、
駄目な部分ばかり指摘した相手に、せめて励ます意味でのパフォーマンス的
お言葉だったのかなと感じます。

その先生から頂いたご指摘として、稽古後、理合に則った剣道とは、
自分からやたら打っていくことではない。例え一本にならなかったとしても、
打つべき時に打ち残心を取るところまでできたら、それは一本と同等である
とお話を頂いた。んー、何となくおっしゃっる意味が分かる気がする。

で、100%溜めが作れない不完全な状態でも、打つべき時に打っていけとの
ご指導を頂いた。その点は、おっしゃっている意味が分かる一方、
しっかり消化できていない。その姿は、結局、攻めが不完全な状態を
意味しているように思えて、客観的には、打ち急ぎに映るのではないかと思うからだ。
私の認識不足によると思うので、その点は、行動しながら考えてみたい。

それにしても、関東実業団での試合で、完全な状態からの打ちを求めてしまい、
そうでない状態の際、相手の攻めがあると下がってしまうということがあった。
今回頂いたご指摘は、そこにつながるのかなとも思っている。

さて、明日から、また憂鬱な仕事が始まる。
でも、仕事におけるすべての事が明るく楽しく無事に健康にうまく済んで欲しい。
いつまでも、憂鬱に仕事はしていたくない!

けなも

2013年5月8日水曜日

5/3試合を振り返り。なぜ一本にできなかったのか。

勝って喜んだり、入賞して嬉しかったり…。
それで終わらせてはいけない。

5/3の反省点はもちろんだが、負けた試合を
きちんと振り返らないと。

なぜ負けたか。

なぜ一本取られたのか。
なぜ一本にできなかったのか。

なぜ一本取られたのかに関しては、
まだきちんと分析できてない。
簡単に言うと、相手の面を受けようと手元を上げた。
その際、相手は面を打たず、一瞬間を開け、
両者「間」があった瞬間(私が手元を上げている所)を、
巧みに引き面を取られた。

ただ、きちんと分析したい点だが、
相手の「面が来る。」と分かった瞬間だった。
敢えて体を動かして防がなかった。なぜだろう。
直感というか、その時の率直な思いとしては、
「取られるとしたらここだ。」ということ。

勝つことに諦めてた?分からない。
ただ、少なくとも先日の反省点にも書いたが、
体が重かった。勝ちに執念を抱いていたら、きっと防げた。
しかし、そこまでの気持ちが起きなかった。

なぜだ。

なぜだ。

なぜだ。

2回先生方に勝ったことに満足した?
これ以上良いパフォーマンスを発揮できない(程体力がもたない)と
いう自覚があった?

実は、週1~2回通っている道場の地稽古でも似たような瞬間が
いくつもある。

それは…

やはり体力が追い付かず諦めている、に近いな。

つまり、
つまり、

楽をしているということか。

苦しくても最後まで諦めない気持ちで相手に向かっているか。
そこが足りないのか。

つまり、そういうことなんじゃないかと、書いてて思う。

仮にそうだとすると、歓迎すべきことじゃない。
いや、むしろ、剣道修行において、いや人生において
辛い時に、苦しい時に「楽になりたい」と思っても、
楽しちゃいけない。

自分が辛い時は相手も辛い時。
そこで踏ん張れるか、踏ん張れないか。

そういうことではないだろうか。

「なぜ一本取られたのかに関しては、
 まだきちんと分析できてない。
 簡単に言うと」と書いておきながら、ツラツラ書いてしまった。

ブログでは一旦ここまでにするが、考えねば。
何となくそんな気がする。

「なぜ一本取られたのか。
 なぜ一本にできなかったのか。」

後者。

以下は、3回戦。お相手の先生との試合。ある瞬間。

本当に一瞬です。

私が左。お相手の先生が右。


話逸れますが、このブログ始まって以来、
初めて剣道の画像を貼り付けるという…。
今まで文字だけで(画像と言えば、広島の
宮島剣道大会参加記念の野球・カープ写真と言う(笑)2011.10.12ブログ)

さて、私が相手の面を打っていて、お相手の先生は小手を狙って
外れているという瞬間です。

一本になりませんでした。
非常にもったいない場面です。お相手の先生は非常にお強いと聞いておりました。
もし勝ち・負けに拘る立場に立つ方なら、こんな機会は滅多に無い。
こんな機会を私は逃したのです!

いや、試合の勝ち・負け以上に、
真剣勝負なら、なおさら。生きるか否かがかかるその瞬間です。
私はモノにできなかったのです。


検証「なぜ一本にできなかったのか。」

下手な検証をするより、ここでこそ、『剣道試合審判規則』から、
「1編 試合」「第2章 試合」「第2節 有効打突」「第12条」より

「有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で
 打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものとする。」
(参考 全日本剣道連盟HP:http://old.kendo.or.jp/kendo/rules/rule1.html)

まず

充実した気勢があったか。

厳しく言えば、この面に限らず、開始時から腹から充分な発生が
出来てなかったと思っている。この試合に限らずだが。また、試合を
重ねる度に気合が弱々しくなっていると、ビデオを見て振り返っている。

次に、

適正な姿勢だったか。

まぁ、一流剣士は、たとえ一瞬であろうがなかろうが、
画像のような姿勢にはならんだろうなぁ(笑)。
背中が丸まっている感じがする。

どうせ求めるなら、より美しい姿勢・打突でありたい。
反省点としては、腹から・腰から打突しているかということか。
攻め足の右足をより積極的に使い、打突しているか。

素振りから見直さねば。

さて、

竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突しているか。

まぁ、打突した時のことは覚えてないので(打ったと自覚した瞬間はあったが)
写真にて検証するしかなく、

まぁ、あまーーーーく見て、

んーーーーーーー

まぁ、「竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突」してないと
言う程のエビデンスを得られず…、

一旦、保留。

最後、残心あったか。

クセだけど、万歳するね。その後、相手見て中段に構えたけど(外見上)
内面として、相手にいつでも向かえる気持ちになってたか。
一本にならなかったことに多少なりとも気持ちを奪われてなかったか。

ということで、有効打突でなかったということだろうか。

長い。いつもすみません。

「なぜ一本にできなかったのか。」より以前に、
なぜ一本取れなったのか。

有効打突を打てる実力が無い、
それも、どんな時でも、どんな相手でも、
ということであり、つまり、稽古不足ということだ。

本日も200本済。

けなも